第166話 ダンケルク(1)

1939年10月19日


 英仏軍残存兵力の40万は、フランス北部の海岸の街ダンケルクに追い詰められていた。


「まだ救出の船は来ないのか!」


 何隻かイギリス海軍の船が来たが、ほとんどがドイツ軍の空襲によって撃沈されるか損傷して帰ってしまった。


 夜間の救出作戦も失敗する。ドイツ軍潜水艦Uボートの餌食になったのだ。夜間では、Uボートの潜望鏡を発見することは困難だが、Uボートからは船のスクリュー音を探知できる。


 ドイツ軍の機甲師団は、ダンケルクから5kmくらいの所で進軍を止めていた。地上戦での消耗を抑えて、制空権のある空からいたぶるような攻撃に切り替えたのだ。


 ダンケルクに追い詰められている英仏軍は、満足な武器もないまま毎日空襲に怯えていた。


 ――――


「なんとかならないのか!民間船でも何でも徴用しろ!全力で救出するんだ!」


 イギリス首相に就任したばかりのチャーチルは、三軍の司令と参謀を呼んで叫んでいた。


「首相閣下。我が陸軍は、その装備の大半をフランスで失っております。ここで、航空機も失うと、本土の防衛が出来ません。残念ですが、これ以上の航空支援は無理です」


「制空権の無い状態では艦艇も活動できません。それに、Uボートが大量にいます。今ドーバーに船を出すのは自殺行為です」


「では貴官らは40万人の兵士を見殺しにしろというのかね!?」


 司令達は、返す言葉がない。


 40万人の兵をみすみす捕虜にさせるか、もしくは戦死させなければならない。知り合いの息子や貴族の息子達も数多くそこに居る。簡単に40万と言うが、そこには40万の人生と、その数倍の家族の人生があるのだ。


 しかし、その40万人の将兵を諦めてでも、イギリス本土に立て籠もる以外の手段が浮かばなかった。


 首相の執務室を悲痛な沈黙が支配する。


 と、その時、


「日本軍の山口司令から緊急入電です!12:00よりダンケルク上空のドイツ軍航空機に攻撃をするので、イギリス軍機は撤退して欲しいとのことです!」


 武官が電文を持ってノックもせずに駆け込んできた。


「日本軍が到着したのか!?しかし撤退しろとはどういうことだ!」


「誤射の可能性があると言うことです」


「誤射だと?日本人パイロットは我が英国の国章を知らんのかっ!?田舎者め!」


 チャーチルはあまりに無礼な日本の電文に激怒する。


「首相閣下。空軍も出せる航空機はほぼありません。とりあえず、戦力を温存し、日本軍に任せるのがよろしいかと・・」


「まあ、戦艦を5隻も無償で供与してくれることだし、今日の所は日本軍の言うことを聞いておくか」


 ――――


「空軍は何してるんだよ!」


 ダンケルクに追い詰められた英仏軍は、ふがいない英国空軍に悪態をつく。本土には500機ものスピットファイアがあるはずだ。しかし、そのほとんどはダンケルクには来ない。我々を見捨てて英国本土に引きこもるのではないかと噂する者もいる。兵士達の精神は、限界に近づきつつあった。


「司令部から入電です。日本軍機が応援に来るので、対空射撃をするなとのことです」


「なんだとっ!上空にはあんなにもドイツ野郎がいるんだぞ!対空射撃をやめたらこっちがやられる!司令部の連中は何を考えているんだ!」


 ダンケルクに追い詰められた英仏軍には、もはや絶望しか残されていなかった。ドイツ軍は5km先まで迫っている。そこからの砲撃は止むことは無い。さらに、Ju87やHe111の爆撃が絶え間なく降り注いでいるのだ。


 妻や子、恋人の写真を見ながら涙する。そんな場面が多く見られる。


 40万の大軍が、包囲され何の抵抗も出来ないまますり減らされていくのだ。もはや、誰も無事にイギリスに帰れるとは思っていなかった。


 ドーン!ドーン!


 突然、上空から激しい爆発音が聞こえてきた。そして上空のドイツ軍機が次々と爆発していく。


「な、何が起こってるんだ!」


 100機以上はいたドイツ軍のJu87やBf109は次々に爆発を起こしていた。最初は高射砲が命中したのかとも思ったが、高射砲の爆発より遥かに大きい爆発だ。


 目をこらしてよく見てみると、すさまじい速度でロケット弾が命中しているようだ。


 ――――


 ウオオォォォォーーーン


 ドイツ軍Ju87急降下爆撃機が、サイレンの音を鳴らしながら防塁に向けて爆弾を投下する。防塁からは小銃での反撃があるが、航空機に対して小銃弾はあまりにも無力だ。


 防塁を爆破した後、逃げ惑うイギリス兵を7.92mm機関銃で射殺していく。


「伍長。イギリス軍機も来ることがなくなったから暇で仕方ないだろう」


 操縦席のギュンター少尉が後部銃座のホリガー伍長に話しかける。


「ギュンター少尉。そんなことは無いですよ。私は万が一に備えて警戒しております!後ろは任せて下さい!」


「ははは!頼もしいな!」


「少尉。ありがとうございます!ん?少尉。後方より何かが接近してきます!は、速い!」


 視力に自信のあったホリガー伍長は、後方から超高速で近づいてくる“何か”に気づいた。そして、それを機長に報告をしたが次の瞬間、


 ドーン


 突然目の前が真っ白になって、ホリガー伍長の意識は永遠に消えた。


「ホ、ホリガー伍長!何が起こった!」


 ギュンター少尉も激しい衝撃を受けて動転したが、なんとか機を立て直そうと操縦桿を操作する。しかし、今の爆発で水平垂直尾翼を失ってしまったJu87は、どんな操作も受け付けずきりもみをしながら海面に激突した。


「何が起こってるんだ!」


 急降下爆撃隊を率いていたフーバー少佐は、味方機が次々と爆発していく様を見て狼狽していた。高射砲はあらかた破壊したはずだ。英仏の連中にこんな反撃が出来るはずがない。近くに敵戦闘機も見当たらない。


「助けて下さい!中隊機が全部やられました!」


「と、突然爆発しています!あ、ロ、ロケットです!ロケットが飛んできています!」


「ロケットだと!そ、そんな、ロケットがそんなに当たるわけ無いだろう!」


 他の部隊を併せて300機はいたはずだが、今はもう数機しか飛んでいる機体が見えない。ポーランド侵攻からずっと一緒に戦ってきた戦友達が、部下達が、何も出来ずに空に散っていく。


「く、くそっ!全機撤退だ!」


 フーバー少佐は撤退を決意し、無線で連絡をする。しかし、既に遅かった。フーバーは自分に向かってくるロケットを一瞬目に捉えることが出来た。左前からすさまじい速度で近づいてくる。


「これが・・・・」


 ドーン


 フーバー少佐の機は、空中に爆散した。

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