第160話 欧州派遣艦隊出航

第152話に「開戦(2)」を追加しました。原稿を単純に飛ばしていました。そちらもぜひお読み下さい!


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1939年9月16日


 空母赤城・空母加賀の2隻を中心とした空母打撃群と、戦艦長門・陸奥・金剛・霧島・榛名が横須賀を出航した。


 空母2隻、戦艦5隻、重巡4隻、軽巡16隻の大艦隊だ。総トン数は40万トン近くにもおよぶ。


 退役した戦艦群がこれほど早く出航できたのは、第二次世界大戦勃発時にイギリスから供与の打診があることを予測して、動態保存されていた為だ。


 司令官には山口多聞が任命された。


「山口少将。英仏と共にドイツの暴虐を何としても押さえ込んで欲しい」


 天皇ご臨席の下、欧州派遣艦隊の壮行式が行われていた。天皇は、司令の山口少将と、各艦の艦長と握手を交わし、一人ずつ声をかける。


「はっ!この山口、命に替えましてもこの大役、必ずや完遂して見せます!」


「いや、命あってこそ大義が果たせると思って欲しい。民草を守り、そして自分自身と兵の命を守ることが出来る者こそ、真の軍人であると心せよ」


 軍人は何故簡単に“命に替えても”と言うのだろうと天皇は思う。


 “明治大帝の軍人勅諭のせいだな。たしか西周(にしあまね)と山縣有朋(やまがたありとも)が作ったと聞く。まったく余計なことを・・・”


 今世に於いては、昭和11年に新たな軍人勅諭が発表され、一部修正されている。


「義は山嶽よりも重く死もまた山嶽ほどに重しと覚悟せよ」


 この一文によって、安易に死を選んではならないという教育に切り替えてはいるが、長年軍人をしている者にとっては、なかなか意識改革は出来ないのだろう。


 軍楽隊が軍艦マーチを演奏する中、欧州派遣艦隊は出航した。この大艦隊を一目見ようと、馬堀海岸や観音崎は見物人でごった返していた。


 そして、何万人もの群衆が見守る中、艦隊は浦賀水道を抜けていく。全長200mを超える艦船だけでも11隻だ。軽巡や補給艦を含めると、33隻にもおよぶ。威風堂々とは、まさにこの時のために用意された言葉であるかのようだった。全ての敵を殲滅し、世界をも焼き尽くすことが出来るのではと思わせるほどの、威容。しかし、その艦隊は美しく芸術的でもある。


 欧州派遣艦隊は、見る者全ての心を鷲づかみにした。


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1939年9月17日


 ドイツ軍は、事前にソ連軍と取り決めていた分割ラインまで進軍していた。そしてこの日、史実より早くワルシャワは陥落し、ポーランドはドイツに全面降伏する。一部反攻を続けているポーランド軍の残党は、全て東部のソ連軍担当地域に押し出した。


 ドイツ軍は宣戦布告をしてきた英仏に対応するため、ポーランド侵攻軍のほとんどを仏独国境へ移動させた。その移動速度は信じられないくらい速く、たった5日で仏独国境には、120万ものドイツ軍が集結していた。


1939年9月23日(現地時間)


 ベルリン


「諸君!余はドイツを愛している。諸君!余はドイツ民族を愛している。余は、この二十年間の諸君の苦しみを知っている。諸君の屈辱を知っている。そして、ついにそれを奴らに返してやる時が来たのだ!


 偉大なるドイツ民族の先兵よ!汝らは、今まさに聖なる剣を振り下ろし英仏を屈服させようとしている!


 平原で、街道で、塹壕で、草原で、海で、この世界で行われるありとあらゆる我が軍の闘争は、偉大なるドイツ民族の誇りを世界に示すだろう!


 行け!偉大なる兵士達よ!戦列をならべた砲兵の一斉射撃で敵陣を吹き飛ばすのだ!戦車で敵の国土を蹂躙し、我らドイツ民族に抵抗する無知で蒙昧な連中を踏みつぶすのだ!爆撃機で、愚かなカエルども(フランス人の蔑称)の頭を吹き飛ばすのだ!


 哀れな抵抗者達に、最後の審判を下してやろうではないか!」


 この日、ドイツ全土にヒトラーの演説がこだました。全ての国民はラジオの前で総統の演説を聴いた。そして、ドイツ国民は熱狂する。


 先の欧州大戦以来、働いても働いても暮らしは良くならず、国家予算の多くはフランスへの賠償金に取られてしまう。我々は、まるでフランスの奴隷のようだった。


 しかし、今その恨みを晴らす時が来たのだ。欧州大戦ではフランスに負けたわけじゃ無い。最後の一突きは、国内のユダヤ人に依るものだった。


 そうだ、我々がこんなに苦しい思いをしているのは、全てユダヤ人とフランス人のせいなのだ!


 この日、120万のドイツ軍がアルデンヌの森からフランスへなだれ込んだ。


 ――――


 1939年9月24日未明


 宇宙軍本部


「ドイツがフランスに侵攻しただと!」


 宇宙軍森川中佐が机を叩いた。


「これは・・・想定外だったな・・・」


 高城蒼龍は椅子に深く腰をかけ天を仰ぐ。


 史実ではポーランド侵攻の後、ドイツがフランスへ侵攻を開始するまで8ヶ月あった。今世では兵器の進歩が少し早まっているとは言え、ポーランドに展開していた部隊が、すぐさまフランスに侵攻できるとは思っていなかったのだ。


 そんなことをすれば、いかにドイツとはいえ補給が追いつかないと分析していた。しかし、想定以上にポーランドの抵抗が少なかったため、フランス侵攻の余力が出来たのだ。


 また、日本が欧州派遣艦隊を送る事を決定したので、ドイツとしては日本軍が到着する前にフランスを落としておきたいという思惑もある。


イギリスとフランスには、ドイツ軍の集結情報と国境を越えるならアルデンヌを突破してくる可能性があると伝えていたが、英仏の評価も侵攻するとしても何ヶ月か後だろうというものだった。


 欧州派遣艦隊が日本を出航したのは9月16日だ。日本からイギリスまで20,000kmの航海になる。まさに大長征だ。レーダーがあるので夜中でも全力航行できるが、補給を最小限にしても30日程度かかってしまう。


 対ソ戦でのイルクーツク攻略も、シベリア鉄道が完全に破壊されたことによって遅延が発生している。さらに、ヨーロッパではこんなにも早くフランス侵攻が始まってしまった。


「戦争は、想定通りにはいかないものだな・・・」


「しかし、こうなってしまっては、フランスとイギリスになんとか頑張ってもらうしか無いな」


「ああ。しかし、イギリスはともかく、フランスにドイツ軍を押し返すだけの力は無い。援軍を出そうにも、日本からだとどの航空機も航続距離が足りないからな。対空ミサイル装備の爆撃機を何機か送っても、大した戦力になりそうに無いし、そもそも補給が出来ない」


 現状、日本がヨーロッパ戦線で出来ることは何もなかった。



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