第161話 アルデンヌ

1939年9月23日早朝(現地時間)


 ドイツ空軍はベルギーとルクセンブルクの領空を侵犯し、フランスのアルデンヌからランスにかけて爆撃を開始した。事前にスパイによってもたらされた、駐屯地や滑走路の破壊が目的だ。


 そして、ドイツ機甲師団はベルギー国境を越えて侵攻した。


 ドイツ軍機甲師団のポーランドからベルギー国境への移動は、まさに神速だった。


 ワルシャワ陥落が見え始めた9月14日ごろから、順次移動を開始していた。正面戦力は出来るだけ減らさず、後方部隊や予備兵力を順次移動させ、鉄道網の修理などを行った。そして、ワルシャワ陥落から、わずか5日でベルギー国境への集結が出来たのだ。


 当時ベルギーは中立を宣言しており、どちらの陣営にも与しない立場をとっていた。20年前の欧州大戦において激戦地となり、甚大な被害を出したベルギーにとって、もう戦争はこりごりだったのだ。


 ドイツはベルギー政府に対し「抵抗しなければ攻撃しない。ドイツ軍はベルギーの道路を借りるだけだ」と声明を発表した。


 つまり、ドイツ軍の無害通航権を認めろという内容だ。


 通常、陸上に於いて無害通航権などありえない。しかし、ドイツはベルギーの返答を待つこと無く、120万の大軍をベルギーに侵攻させた。


 航空機からは「抵抗しなければ攻撃しない」とのビラを大量にばらまいた。また、進軍する部隊は拡声器で同じ内容の声明を流し続けた。


 これによりベルギー軍との衝突は発生せず、ドイツのヴンターシュペルトからフランスのスダン(セダン)までの140kmの道のりを進むことに成功した。そして、ドイツ軍はスダンの町を包囲する。


 フランス軍本部は、日本からドイツがベルギー国境に集結していることと、もし侵攻してくるなら、ベルギーを通ってアルデンヌから侵攻してくる可能性があると連絡を受けていた。


 しかしフランスは、アルデンヌの森を大規模な機甲部隊が通過できるなど思っていなかったのだ。アルデンヌの森はマース川やスモワ川によって浸食された谷が続く地形だ。しかも、その川筋はくねくねと蛇行している。森とは言ってもフランス中央にあるような平坦な森では無く、起伏の激しい森なのだ。


 だが、ドイツは事前の綿密な調査によって、機甲部隊が侵攻できるルートを複数確認していた。確実に、100万もの部隊が半日で通過できるルートだ。


 スダンの街が包囲されたのは、ドイツがベルギー国境を越えてから10時間後のことだった。


 ――――


1939年9月23日夕方


 アルデンヌ地方を守備していたフランス軍部隊は、少数の歩兵予備部隊だけだった。人口1万人に満たない街であり、東側は森が広がる地形だ。戦略的に価値があるとは思っていなかった。この兵力では、とてもではないが、ドイツ軍の足止めさえ満足に出来ない。しかし、ドイツ軍がベルギーに侵攻したという知らせを聞いて、町の真ん中を流れるマース(ミューズ)川を防衛ラインとすることを決める。住民を町の西側に移動させ、マース川にかかる橋を全て爆破したのだ。


 そして夕方、ついに川の向こうにドイツ軍が現れた。


 しかし、ドイツ軍は明らかにフランス軍を凌駕する戦力を布陣しながらも、発砲をしてこなかった。


 すると、一台のフォルクスワーゲンタイプⅠがゆっくりと近づいてくる。そして、拡声器から声がした。


「ドイツ軍からフランス軍への使者だ。攻撃をするな!」


 フォルクスワーゲンは明らかに武装をしていない。後方のドイツ軍にも動きは無いので使者を受け入れることにする。


「ドイツ陸軍エッケルト大佐だ。我が総統は、貴様らにも生き残るチャンスを与えて下さるそうだ。降伏勧告に従って、本日20時までに武装解除をしたまえ。そうすれば、捕虜としての待遇を約束する。街への攻撃は行わない。もし、戦う気ならそれはそれでかまわんがな。その場合は、非戦闘員は避難させておけ。20時までに武装解除しないのであれば、このスダンに居る者は全て軍人と見なす。我々は人道的なのでな。貴様らが住人を楯にするような卑怯者で無いことを願う」


 ドイツ兵は言いたいことを言って帰って行った。


「くそっ!キャベツ(ドイツ人の蔑称)どもめ!なにが人道的だ!ふざけやがって!」


 フランス軍歩兵部隊はドイツ軍からの降伏勧告を本部に伝えるが、本部からは死守命令が帰ってきた。


 マジノ線に戦力を集中していたフランスは、アルデンヌ地方への展開は間に合わない。高速な即応部隊を少数送っても、全滅させられるだけだ。


 フランス軍はアルデンヌ地方を捨てて、その後ろのランスで防衛ラインの構築を決めた。


「住民の避難を急がせろ!あと、男で戦えるものは一緒に戦え!」


 ――――


 20時まで期限を切ったのは、ドイツ軍にも布陣を整える時間が欲しかったからだ。早朝にベルギーに侵攻し、そこから平均20km/hでここまでやってきた。機械化部隊とは言え、この行軍は尋常では無い。


 歩兵を乗せたトラックやキューベルワーゲンなどは早々に到着したが、戦車部隊や野戦砲を積んだトラックが遅れていたのだ。それらがある程度布陣できるのが20時だった。


 ――――


「20時だな。では、始めるか。諸君!戦争の時間だ!」


 ドイツ軍戦車と野砲が一斉に火を噴いた。今世でのドイツ軍四号戦車は75mm kwk40/L48が搭載されている。これは、スペイン内戦でソ連のT34試作戦車に対して、短砲身の75mmでは全く対応できなかったため開発された砲だ。その高初速の砲弾が次々に街の建物を破壊していく。


 スダンの街からは、建物に隠れたフランス兵達が小銃で撃ち返してくる。しかし、戦車を前面に押し出して攻撃をしてくるドイツ軍には、あまりにも無力だった。


1939年9月24日早朝


 東の空がだんだんと白んでくる頃、スダンの街に立っている建物は一つもなかった。


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