第153話 ウラジオストク攻撃
陸軍航空隊の加藤大尉は、九七式戦闘攻撃機のスロットルをAB(アフターバーナー)の位置にして離陸を開始した。最大重量に近い爆装をしているので、エンジン出力は全開だがいつもより長い距離を滑走して離陸する。
深夜の長春市に、地響きのようなすさまじいエンジン音が響き渡り、多くの市民が驚き目を覚ます。
加藤大尉は、中隊の各機に問題なく付いて来ているか無線で確認をし、エンジン全開のまま、高度12,000mを目指した。
今日は雲も月も無い真っ暗な夜だ。眼下には長春市の町の明かりが光っている。水平方向に視線を移すと、遠い地平線が消えて星々の世界と交差しているのが見えた。その向こうは、満天の星をいただく果てしない光の海だ。
深々とした夜の闇に不思議と心がやすまっている。
“さっきまでは、あんなに緊張していたのにな・・・・”
中隊の部下達へブリーフィングを行い、作戦の詳細を告げる。今回は、北海道千歳基地の九八式重爆撃機との合同作戦だ。隊員達は皆、初めての実戦に緊張をしているようだったが、その顔に不安は全くなかった。
九七式戦闘攻撃機への搭乗が許されるのは、1万人以上いるパイロットの中でも、ほんの一握りの者達だけだ。すばらしい才能があり、それでもなお、努力を惜しまない者達だけに与えられる栄誉。部下達はその栄誉に奢ること無く、厳しい訓練をこなしてきた。
九七式戦闘攻撃機は、非公式ではあるが“隼(はやぶさ)”の愛称が付けられている。そしてそのパイロット達は、畏怖と敬意を込めて“隼使い(はやぶさつかい)”と呼ばれていた。
長春基地を離陸し、白頭山の北側をかすめて海に出て、そこからウラジオストクに向かう。
山岳地帯に入ると、眼下に雲が増えてきた。そして、気流で機体が揺れる。ジェットストリームだ。
遥か雲海の上を音も無く流れ去るジェットストリームは、たゆみない宇宙の営みを告げているようだった。
500kg爆弾4発を搭載した九七式戦闘攻撃機16機が、ウラジオストク上空に到着した。また北海道千歳からは、陸軍九八式重爆撃機22機がちょうど到着していた。
ウラジオストクは灯火管制を敷いていたので、真っ暗でなにも目視できない。しかし、コクピットのディスプレイには哨戒機の対地レーダー情報が表示されており、どこに何があるか正確に把握できている。
その時、ウラジオストクの数カ所から探照灯の光線が虚空に向けて放たれた。おそらく、九七式戦闘攻撃機のエンジン音で空襲を察知したのだろう。高射砲も対空射撃を開始した。
「こちらタキシードサム。これより攻撃を開始する」
※タキシードサム:加藤隊のコールサイン
――――
「空襲警報だ!日本軍の夜間爆撃がくるぞ!」
「モスクワにも連絡しろ!」
ウラジオストクは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。日本からの宣戦布告で、いつ攻撃があってもおかしくは無い。夜間爆撃に備えて灯火管制をしていたが、やはり日本軍がきてしまった。
探照灯で上空を探すが全く見つからない。ゴオオオォォォォというエンジン音がするので、日本軍機が来ていることは間違いないはずだ。
各員対空銃座や高射砲台に急ぐ。高射砲は高度設定を最大にしてメクラ撃ちを始めた。停泊している巡洋艦や駆逐艦の高角砲も射撃を始める。多少でも爆撃の邪魔になれば良い。なにもしないよりはましだ。
兵士では無い軍属には、防空壕に避難するよう命令がだされている。
ドーーン!ドーーン!
港に停泊している巡洋艦や駆逐艦が次々に爆発を起こしていった。そして、発電設備や軍港設備も爆発していく。
「司令!電信も無線も全く繋がりません!」
「くそっ!なんてこった!」
ウラジオストクからモスクワまで、通信ケーブルが敷設されていたが、当然そのケーブルは攻撃と同時に切断してある。また、中長波通信も、妨害電波を出して封じ込めた。
ウラジオストクは、今や孤立無援状態だ。
音だけする目に見えない敵からの攻撃に、ソ連兵は恐怖する。派手に対空機銃の曳光弾や、高射砲弾が高空で爆発する光は見えるが、敵の姿が全く見えないのだ。
「くそっ!いったいどこにいやがる!」
地上にいる兵士からは、どこが爆撃されているのかはわからない。発電設備が破壊され、探照灯も消えてしまった。辺りを照らすのは、爆炎だけだ。
――――
陸軍九八式重爆撃機から、近赤外線レーザー光線が下方に向けて放たれていた。そして、投下された500kg爆弾は、そのレーザー光線が指し示す場所に向かって落ちていく。
その爆撃は正確無比だった。
宇宙軍では、衛星測位システムを開発していたが、残念ながらこの開戦には間に合わなかった。それ故、精密爆撃の一手段としてレーザー誘導を採用している。
ウラジオストクには、戦艦ポルタヴァから取り外された、305mm三連装主砲が沿岸砲台として設置されている。この沿岸砲台に対しては、地中貫通爆弾が使用された。
港湾設備や艦船への爆撃の後は、ソ連軍航空隊基地への爆撃を行う。港より30kmほど北東にある空港も、500kg爆弾で破壊していく。こちらの空港は、ノモンハンと違い設備がしっかりしているので、クラスター爆弾では効果が薄いという判断だ。
こうして、宣戦布告当日夜の攻撃が終わった。ウラジオストク太平洋艦隊司令は、夜が明けてからもたらされる甚大な被害報告に立ち尽くすことになる。
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