第152話 開戦(2)

1939年9月13日午前0時


 ソ連陸軍陣地より後方20km地点にある航空隊基地にも攻撃が始まっていた。


 ノモンハンの日本軍陣地からだとロケット弾の射程ぎりぎり外側だったので、高空よりの爆撃だ。


 九二式大型飛行艇がベースの、陸上機型九八式重爆撃機を使用した。エンジンはターボプロップ4発に換装されており、最大搭載量は17tを誇る。


「中村中尉殿。夜間でも爆撃が出来るのは良いですね。ソ連のやつらの驚く顔が見てみたいです」


「曹長、軽口は叩くな。確実にソ連軍航空隊を無力化するのが我々の仕事だ。狙いを外すなよ」


 昨日の玉音放送を聞いて、日本軍の士気はこれ以上無いくらいに高まっていた。軍神宇藤中佐の敵(かたき)を取り、邪悪なソ連軍を誅滅する嚆矢になるのだと、皆意気込んでいる。


 レーダーと赤外線照準装置により、無誘導爆弾であっても大きく的を外すことは無い。今回は航空基地の殲滅が目的なので、露天駐機してある航空機と兵舎や天幕の近くに落とせば良い。


 24機の九八式重爆撃機の弾倉が開き、ありったけのクラスター爆弾をばらまいた。ほとんどのソ連兵は野戦テントに寝泊まりしているので、クラスター爆弾の攻撃にはひとたまりも無い。薄いジュラルミンで出来た航空機も例外なく無力化出来る。


 また、あらかじめ確認されていた掩体壕に対しては、レーザー誘導の地中貫通爆弾が使われ、確実にソ連の航空戦力を撃滅していった。


 ソ連兵は、自分たちを殺そうとしている相手の姿を、まだ誰も見ていない。


 1939年9月13日午前零時


 日本海


 ソ連S型潜水艦


「魚雷の注水音です!3時の方向!距離不明!」


「なんだと!?すぐに潜航だ!急げ!」


 この頃の潜水艦は、発見されにくい夜間にバッテリーの充電と換気のため浮上航行するのが一般的だった。


 潜水艦は潜っていれば魚雷が当たることは無いが、浮上していれば通常の船と一緒だ。


「我々を狙ってくると言うことは、日本の潜水艦か」


 このソ連S型潜水艦にも、日本から宣戦布告があったことは伝わっていた。ウラジオストクからは、日本海での無制限通商破壊作戦が指示されている。これから獲物を探そうとしていた矢先だった。


 ソ連軍潜水艦は急速潜行を開始し、水深40m程度まで潜ることができた。これだけの深度をとれば、魚雷は艦の上を通過するはずだ。


「魚雷、まっすぐに近づいてきます」


 ソナー員が報告をする。誰もが艦の上を通過すると思った。と、その時、


 ドーーン!


 S型潜水艦に激しい衝撃が走る。命中すると思っていなかった乗組員は、みなどこかに体をぶつけたり転げたりしている。


「何だ!?命中したのか!?こっちは潜航してるんだぞ!」


 魚雷は艦の後部エンジン付近に命中した。そして大破したエンジンルームから大量の海水が流入し、あっという間に沈没してしまった。


 ――――


「魚雷、命中。敵潜沈降していきます。・・・・圧壊音を確認。」


「よし、次はウラジオストクだ。北北西に進路を取れ」


 宇700型潜水艦の3番艦“宇702”は、宇宙軍から日本海軍に引き渡された最初の潜水艦だ。2年前に引き渡しを受けて、それから訓練に訓練を重ねてきた。乗組員も十分な練度に達している。


 全員、伊号や呂号潜水艦の乗組員からの再編成だ。皆、“海を知らない宇宙軍の作った潜水艦など、本当に使えるのか?”という思いで乗り込んだ。


 艦長の鱶町(ふかまち)中佐は2年前を思い出す。


「帝国海軍、鱶町中佐であります。よろしくお願いします」


「宇宙軍、貝枝(かいえだ)中尉であります。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 引渡式の前に山本中将から「宇宙軍の士官は女性ばかりなので、習熟航海中に問題を起こさないように。問題が発生したら、腹を切ってくれよ」と強く言われたが、何かの冗談だと思っていた。


 しかし、本当に若い女性士官達と狭い潜水艦で何ヶ月も一緒に航海することになろうとは・・・・。


“これは、妻や娘には言えないな・・・・”


 最初に宇700型潜水艦の説明を受けた。


「安全潜航深度は500mです。水中速力は最大20ノットです」


「えっ?」


 聞き間違いかと思ったが、すぐにそれが事実だったことを知る。当時の潜水艦は、せいぜい深度100m、水中速力8ノットだ。あまりにも隔絶した性能に驚愕する。


「こちらの装置で、スクリューの“音紋”を解析できます。日本軍の艦艇のほとんど全てと、日本海と太平洋で活動しているソ連・アメリカ艦艇をスクリュー音から判別できます」


「えっ?」


「魚雷は、スクリュー音ごとに目標を設定できます。複数の敵艦がいる場合でも、一発ずつ当てることが可能です。もちろん、潜水艦にも当たります。最大射程は50kmです」


「えっ?」


「対艦ミサイルは射程約150kmです。時速1,000kmで敵艦に向かっていきます」


「えっ?」


 貝枝中尉は何でも無いように説明をしてくれるが、どれもこれも我々の常識の埒外だ。


 深度500mまで潜れるのであれば、爆雷攻撃も十分にかわせる。しかも、船体には吸音ゴムが貼り付けてあるので、敵のソナーにも発見されにくいらしい。ソナーの探知範囲は最大200kmもある。


 この潜水艦一隻で、アメリカの大艦隊も相手に出来るのでは無いかと思う。


「いやぁ、すごいですね、貝枝中尉。これなら我が帝国海軍は無敵だ。この一隻でアメリカの機動艦隊を撃滅できそうですね」


「鱶町中佐。人は新たな玩具を手にすると、それを使いたくなるのが性です。ですから、それを手にするものの強い抑制の心構えが問われるのだと思っています」


「えっ?ああ、たしかに・・・そうですね・・」


「鱶町中佐。戦争とはなんでしょう?わたしは、戦争とは・・・命よりも大事なものを奪い合う行為だと思います」


「貝枝中尉。難しいことを言われるのですね・・・」


「子供の頃読んだ小説の受け売りなんですけどね。でも、鱶町中佐。中佐にはこの船の力を、戦争をするために使うのでは無く、戦争を終わらせるために使っていただきたいのです」


 ――――


 日本近海で活動するソ連軍潜水艦の所在を、全て日本は掴んでいた。そして、宣戦布告と同時に、その22隻全てを撃沈したのだ。


 ――――


 同時刻、ウラジオストク艦隊撃滅のため、九七式戦闘攻撃機が清帝国長春基地を飛び立とうとしていた。


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