第143話 ノモンハンのかわいい悪魔(2)

 1939年8月26日8時30分


「これが十一試戦闘機ですか・・」


 駐機場に並べられた十一試戦闘機を、陸軍航空隊のパイロットや地上整備員が囲んで見ている。


 九七式戦闘機より全幅は80cmほど短いが、全長は4メートル近く長い。九七式戦闘機と比べてみると、かなり大きいのがわかる。


 翼には12.7mm機関銃が片翼に3丁、両翼で6丁が装備されている。それぞれ射線が微妙にずらされており、敵機との距離700mまでは適度な散布界を維持するようになっている。敵機がレチクルの真ん中に入っていなくても、6丁の内どれかの弾が当たるように設定されているのだ。


 機関銃は1丁あたり毎分600発を誇る、ブローニングAN/M2を採用している。これはコピー品では無く、ブローニング社とライセンス生産契約を交わした正規品だ。


 ブローニングM2シリーズはブローニング社とライセンス契約を交わし、宇宙軍九六式主力戦車やその他の支援車両に搭載されている。


「12.7mmが6丁ですか・・・。ものすごい大火力ですね。九七式戦闘機の7.7mmなど豆鉄砲のようだ。しかし、これだけの重武装で機体も大型化しているのでしたら、エンジンも相当強力なものになっているのでしょう?」


 現地の部隊には、十一試戦闘機の性能を開示しても良いと指示を受けている。共に戦う為に、相手の性能を把握していないと勘違いや齟齬が発生するためだ。


「はい、宇藤大尉。2,800馬力のターボプロップエンジンが搭載されています」


「えっ?えっと、2,800馬力と聞こえたのですが・・・・間違いでは無いのですか?」


「はい、間違いではありません。2,800馬力の出力を高度7,000mまで出せます。それより上空では出力は下がりますが、12,000mでも2,000馬力以上です」


 自分たちが乗っている九七式戦闘機の寿エンジンは650馬力だ。それなのにこの十一試戦闘機はその4倍以上も馬力があるというのか?


「速度はどのくらい出るんですか?」


「はい。高度8,200mで800km/hです」


「えっ?」


 今日は何度目の“えっ”だろう。九七式戦闘機は高度3,500mで470km/hだ。これ以上の高度になると速度は低下してくる。それが、高度8,200mで800km/hだと?この十一試戦闘機がバイクの陸王だとすれば、我々の九七式戦闘機は自転車だ。こんなにも差があるのか。


 聞くのが怖くなってきたが、それでも味方の能力を正確に把握するためにも聞いておかなければならない。


 続いてコクピット内の説明を受ける。


 宇藤大尉がコクピットに座り、脚立の上に立った槇村大尉がのぞき込んで説明をする。


 “顔が近い!”


 宇藤大尉は顔を近づけて説明する槇村大尉に、どぎまぎしていた。


「宇藤大尉?聞いていますか?」


「あ、ああ、き、聞いています」


「これが九九式電波照準器です。今はレチクルが真ん中ですが、敵機を追尾しているときにはこれが動きます。敵機をレチクルの真ん中に捉えて発射すれば、必ず当たります」


「?その・・、レチクルが動くというのはわかりました。しかし、速度や距離によって弾道は変わりますよね?未来位置を捉えなくてよいのですか?」


「はい。速度や旋回加速度、それに敵機との距離等を電子計算機が計算して、未来位置に弾道が来るようにこのレチクルが移動するんです。なので、距離500m以内でしたら、ほぼ間違いなく当たります」


 そんなことがあり得るのか?九七式戦闘機に搭載されている八九式固定機関銃用照準眼鏡では、レチクルの位置は常に真ん中だ。未来位置を予測できるように訓練し、その未来位置にレチクルを合わせ無ければならない。それでも、敵機との距離を見誤ったりすればなかなか当たらないのだ。


 それなのに、ただレチクルの真ん中に合わせて撃てばいいだけだと?一体どんな魔法を使っているのかと思う。


 槇村大尉は時にコクピット内のスイッチに手を伸ばして説明してくれる。髪の毛からとても良い匂いがしているし、頻繁に腕や肩が触れるので、宇藤大尉の心拍数は上昇し顔が真っ赤になっていた。


「この十一試戦闘機がものすごい性能だというのは良く理解できました。この機体は、陸軍には配備されないのですか?」


「はい。詳細については知らないのですが、順次陸軍航空隊の方に訓練を受けてもらっています。なので、配備されるのは間違いないと思います」


「そうなのですか?それは全然知らなかった・・・」


 宇藤大尉は表情が驚きと共に少し暗くなった。他の部隊は訓練を受けているのに、この前線で一番戦っている我々に、なぜ機種転換訓練を受けさせてくれないのかと思う。


「最前線の優秀な航空兵を下げるわけにはいかないからではないでしょうか?宇藤大尉らの隊が交代すれば、この前線を維持できないと上は判断したのだと思います」


「はは、そうか、そうかもな・・」


 宇藤大尉の表情は、やはりさみしげであった。


 ――――


 そして輸送機や哨戒機の説明がされた。特に、哨戒機については驚きの連続だった。


 半径200km以上の範囲で敵機を発見し、味方機に情報を送って支援をする。当時の空戦は、迎撃に上がっても会敵する前に敵は爆撃を済ませて帰投していたりと、敵機を発見できないことが多々あった。それが、この哨戒機によって早期に発見することが出来、的確に敵に向かうことが出来るのだ。


 この哨戒機による支援は大きい。


 九七式戦闘機でも哨戒機からの通信が受信できるように、早速設定がされた。

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