第142話 ノモンハンのかわいい悪魔(1)
1939年8月25日18時30分
「航空隊は一体どうなっている!」
ソ連軍ノモンハン派遣旅団司令のジューコフは、珍しく声を荒げていた。
42機での出撃だ。この戦力で日本軍に負けるはずがなかった。
「無線が使えません。二台とも大きめのノイズだけ聞こえます。故障ではないようなのですが・・・」
予備の通信機でも試してみたが、状態は同じだった。通信兵は、もしかして妨害電波ではないかと思う。同じ周波数でより強い電波を出せば、通信を妨害することができるかも知れないが、確証は無い。しかし、日本軍はそんな物を実用化しているのだろうか?
もう日が沈もうとしている。これ以上遅くなると、夜間での着陸になって危険だ。しかし、通信も出来ない状態では、友軍の航空隊がどうなったか確かめようがなかった。
そして、出撃していった42機はついに帰ってくることはなかった。
――――
日本陸軍航空隊の宇藤(うどう)大尉は、宇宙軍とソ連軍機が戦闘をしたと思われる戦域に到達していた。眼下には果てしなく広がる草原が見えるが、その所々から煙が上がっている。どうやら航空機が墜落しているようだった。
「こちら宇藤大尉だ。宇宙軍の戦闘機は全機無事に帰還したのか?」
「こちら地上管制。はい、先ほど全機帰還しました。宇宙軍の戦果報告では、ソ連軍機42機全機を撃墜したとのことです」
「!?・・・そ、それは本当なのか?」
「こちら地上管制。確認は取れていませんが、報告ではそのようです」
“いったいどうなってやがる・・・”
あれほど苦戦していたソ連軍航空戦力を、たった9機で42機撃墜しただと?たしか初陣と聞いている。しかし、一機当たり5機近い撃墜数だ。たった15分ほどの戦闘で果たしてそんなことが可能なのか?
宇宙軍のパイロットとは、一体どんな猛者達なのだろうか・・・・
――――
「陸軍ノモンハン方面航空隊第一中隊の宇藤大尉であります!この度の増援に感謝いたします!」
帰投した宇藤大尉は、宇宙軍の槇村大尉に敬礼をする。目の前には、槇村隊長以下、航空兵9名が整列をしてこちらに敬礼をしている。
ソ連軍機42機を撃墜した“猛者”が、まさかこんな若い女性兵だとは夢にも思わなかった。宇宙軍には女性兵士がいるとは聞いていたが、輸卒や主計課だろうと勝手に思い込んでいたのだ。まさか、実戦部隊が全員女子だったとは・・・。
「宇宙軍第二十三航空隊分隊長の槇村大尉であります。本日着任いたしました。よろしくお願いします」
なんと涼やかな声だろう。ノモンハンに派遣されてはや3ヶ月、その間、女に会ったことなど一度も無かった。それが今日から一緒に軍務に服せるのだ。しかも、彼女たちからは女性特有の良い匂いがしてくる。
その幸せを噛みしめていると、部下達も顔を“デレッ”とさせて鼻の下を伸ばしていた。
宇藤大尉は部下達の方を向いて咳払いをする。
「槇村大尉。しかし、着任早々の迎撃で42機の撃墜とはすごいですね。戦域で墜落しているソ連機を見るまで信じられませんでした」
「お褒めいただきありがとうございます。全て十一試戦闘機の性能のおかげです」
「すごい戦闘機らしいですね。是非ともお話を聞きたいのですが、今日は着任されたばかりでお疲れでしょう。ゆっくり休んで下さい」
遅れて到着した補給部隊がテントの設営を完了させていた。風呂の設営がまだなので、入浴できないのは残念だったが、槇村達はテントに入り、ぐっすりと眠ることが出来た。
―――――
翌朝早朝
朝霧に包まれた薄明。滑走路脇をランニングする一団があった。宇宙軍航空隊のパイロット達だ。
陸軍航空隊の宇藤大尉は、その一団とばったり出会ってしまう。今日は新型戦闘機の説明をしてもらえると言うことだったので、その嬉しさのあまりいつもよりだいぶ早く目が覚めてしまい、散歩をしていたのだ。
「宇藤大尉。おはようございます」
槇村達は立ち止まり、宇藤大尉に敬礼をする。
「槇村大尉。おはようございます。こんなに早くから訓練ですか?」
「はい。いつスクランブルがかかっても良いように、毎朝体をほぐすようにしています」
「す、すくらんぶるぅ?」
「あ、緊急出動の事です」
内地では、頻繁に英単語を使うヤツを何人か知っているが、どいつも英国かぶれのいけ好かないヤツばかりだった。しかし、美しい乙女が言うと、なぜ心地よく聞こえてしまうのだろう?
「毎朝この時間からですか?すごいですね」
「はい。毎朝体を整えることで、作戦の成功率が上がります。そして生還できる確率も。皆、自分自身のためにしています」
宇藤大尉はその言葉に、自らが恥ずかしくなってしまった。彼女たちは、少しでも作戦の成功率を上げるために、こんな早朝から訓練をしているのだ。それに比べ自分たちはどうだっただろう。パイロットは皆エリートだ。その身分に甘えてはいなかっただろうか?
宇藤大尉はすぐに自分の隊の部下達をたたき起こし、ランニングを始めるのであった。
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