第140話 ノモンハンの悪魔・到来

1939年8月25日16時ごろ


「宇宙軍第二十三航空隊より入電です。“モンゴル領内カラ42機ノ航空機、ノモンハン ニ向ケ進行中。迎撃ノ許可ヲ願ウ”とのことです」


 通信兵が第6軍司令官の萩洲中将に伝える。


 フルンボイル近郊に設営された飛行場に向かっていた第二十三航空隊は、モンゴル領内からノモンハンに向かっている航空機を発見した。フェリー中とは言え、機銃弾も装填し燃料も十分ある。十一試戦闘機はすぐに戦闘に入れる体勢が整っていた。


「42機だと!?本当なのか?たしか宇宙軍の増援は戦闘機13機だけだろう?しかも、その内4機は予備機ではなかったか?たった9機の実働で相手ができる数じゃない。迎撃の許可は出すが、航空隊にも連絡だ!動ける97式戦闘機全機で迎撃に上がらせろ!」


 萩洲中将は部隊に命令を出す。数日おきにソ連軍の爆撃機隊が来襲するので、皆手慣れた物だ。


 ノモンハンには高射砲連隊も配備されているが、味方への誤射が発生したため、迎撃機を出せるときには撃たせないようにしている。おそらく九七式戦闘機の迎撃が間に合うので、今日は戦闘機隊に任せることにした。


「西少佐。きみは宇宙軍と一緒に新兵器の開発をしていたのだろう?42機を相手にたった9機で戦えるものなのか?」


 萩洲中将は訝しげに西少佐に尋ねる。


 西少佐は、一昨日十一試戦闘機を増援に送ると連絡が入ったときに、ついにこの時が来たかと思った。宇宙軍の秘匿兵器の使用は、天皇陛下が直々に決められるとおっしゃられていた。それを投入すると言うことは、陛下はソ連との全面対決を決断されたと言うことだ。


 補給部隊が忙しくしているという噂は聞いていたので、その時が近いのかと思ってはいたが、前線の部隊にはまだ何の連絡も来ていない。しかし、陛下が開戦を決意されたことは明らかだった。


「はい、萩洲中将閣下。宇宙軍の兵器は少数ですが、どれも非常に高性能です。宇宙軍が十一試戦闘機9機で42機を迎撃できると判断したのであれば、おそらく大丈夫なのだと思います」


「宇宙軍の兵器は、そんなに高性能なのか?」


 ついにこの時が来た。宇宙軍と一緒に、九六式主力戦車や九八式自走高射機関砲やその他の秘匿兵器を開発してきた。そして、ターボプロップエンジンやアビオニクスの提供を受けて、陸軍主体で開発している航空機もある。これらが一斉にソ連軍に牙を剥くのだ。


 西少佐は、その高揚感に身が震える思いがした。


 ――――


 連絡を受けた陸軍航空隊は22機の九七式戦闘機を出撃させる。パイロットたちは愛機に飛び乗り準備を開始した。


「エナーシャ回せー!」


 地上整備員がエンジンにくっついているエナーシャにクランク棒を差し込み手で回し始める。


 ウオォォォーーーーーーーン


 低いサイレンの様な唸りがエナーシャから聞こえ始める。そして、エナーシャの回転が十分に上がった。


「コンタクトォー!」


 整備員が叫んで、エナーシャとエンジンを接続する。すると、エンジンはゆっくりと回転を始める。そしてパイロットはスロットルを少しずつ開けて、混合気を送り込むのだ。


 ボ、ボ、ボボボボバババババァァァ


 エナーシャの回転エネルギーは星型9気筒ハ1乙型エンジンを目覚めさせた。エンジンが咆哮を上げ、九七式戦闘機が次々と発進していく。


 連絡を受けてから、九七式戦闘機が全機離陸するまでに要した時間は8分だった。陸軍航空隊の練度は非常に高い。


 ――――


「さすがだな。この十一試戦闘機は・・・」


 分隊長の槇村大尉は、3小隊合計9機分隊で高度8,000mを飛行していた。ソ連軍爆撃機24機と戦闘機18機の迎撃である。敵機に発見されないよう、雲に隠れながら飛行する。


 槇村は九七式戦闘攻撃機(ジェット機)の訓練も当然受けてはいるが、どちらかと言えば、この十一試戦闘機の方が好きだった。


 九七式戦闘攻撃機は、空中戦では有視界での戦闘は基本的に行わない。哨戒機(早期警戒機)からの情報を元にミサイルを発射して帰投するだけだ。機関砲での戦闘訓練も行うが、実戦ではどうしようもないときにだけ、有視界での戦闘が許可される。もちろん、その九七式戦闘攻撃機の戦闘をバカにしているわけではないが、十一試戦闘機の方が操っているという実感があったのだ。


 今回投入された機体は、宇宙軍が中心になって開発をしている十一試戦闘機の先行量産型だ。全長10.80m、全幅10.55mのコンパクトな機体に、出力2,800馬力のターボプロップエンジンを装備し、制空戦闘に特化させたその機体は、最高速度800km/h(8,200m)の高速を発揮しながらも、翼面荷重を低く抑え非常に高い機動性を確保している。


 また、プロペラは後退角のついた6翅で、プロペラ先端が遷音速を維持しながら、衝撃波を発生させない設計がされ、回転エネルギーを無駄なく推進力に変換する事ができている。


 この十一試戦闘機は制式化前ではあるが、既に生産ラインに乗っており300機がロールアウトしている。来月にはそのまま九九式戦闘機および九九式艦上戦闘機として制式化される予定だ。


「チャーリーブラウンよりウッドストックへ。バンディッドの位置は11時の方向50km、高度4,800mを400km/hで接近中。これよりECM(妨害電波)をかける」


 哨戒機(チャーリーブラウン)からの無線が入る。1938年に制式化されたばかりの九八式無線機の音声は非常に鮮明だ。周波数ホッピング通信機能を実装したこの無線機は、自動的に音声を暗号化し、受信時に復号する。従来の無線機に比べてほんの一瞬の遅延があるが、音声は非常に鮮明であり、敵に傍受される可能性が無い。また、敵がECM(妨害電波)を万が一かけてきたとしても、通信を妨害することは出来ないのだ。


「こちらウッドストック。了解した。これより迎撃に入る」


 こちらの速度が700km/h、敵が400km/hなら相対速度は1,100km/h。距離50kmだと3分足らずで会敵する。


「バンディッドを左下方に確認。全機、攻撃を開始」


 ついに、戦いの火ぶたが切られる。


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