第139話 ノモンハン事件(4)
1939年8月23日
宇宙軍鹿島基地
4機の十一試戦闘機がランニング・テイクオフで同時に離陸していった。先行する機体からの乱気流を避けるために、少しずつ軸線をずらしたダイヤモンド編隊だ。
そして離陸後一回ひねって急上昇を始める。いくら高出力とは言え、プロペラ機でこれをこなすためには、運動エネルギーを殺さずに操縦する高度なテクニックが求められる。
5,000m上空から垂直に降下し、4機がそれぞれの方向に開花する“レインフォール”。続いてその速度を維持したまま上空で大きなループを描く“ワイド・トゥー・デルタ・ループ”。2機が背面飛行で進入し、衝突しそうなほど近距離で交差する“タッククロス”など様々な機動を華麗にこなしていく。
地上では、その機動を見守る女性がいた。
カーゴパンツに白色のTシャツを着て、頭には“JSF”と刺繍されたキャップをかぶっているのは安馬野和美大尉だ。
※JSFとはJapan Space Force の頭文字
「第二十三航空隊に出撃命令を正式に出した。明後日8月25日にノモンハンに向かってもらう。大丈夫そうか?」」
「はい、高城大佐。彼女らの練度は十分です。必ず期待に応えるだけの戦果をあげます」
二人は夫婦とは言え、勤務中はお互いの階級で呼び合うようにしている。
「高城大佐。彼女たちと一緒に、私もノモンハンへ行きたいのですが、許可願えないでしょうか?」
高城は、和美ならきっとそう言うだろうと思っていた。彼女の責任感なら、手塩にかけた生徒達の初陣を見守ってやりたいと思うはずだ。
「いや、だめだ。安馬野大尉は教導隊として、航空兵の練度を上げて欲しい。練度を上げることによって、兵士の生還率を上げることができる。それが今一番出来る貢献だよ」
“生還率”
安馬野はその言葉の意味を重く受け止める。幸いにも訓練中の事故で死者は出していないが、それでも、事故が起これば死亡のリスクは常にあった。しかし、練習相手は実弾を撃っては来ない。でも、これからは違うのだ。
「はい、そうですよね・・・・。判ってはいるのですが・・・・・」
「心配するな。彼女たちなら必ずやってくれるさ」
1939年8月25日早朝
この日、天皇の強い要望で宇宙軍第二十三航空隊の壮行式が行われた。日本の近代史上初の女性のみで構成された部隊の出陣だ。男女平等がうたわれて久しいが、それでも、初めての実戦投入に際して天皇自ら送り出したいとの思いが強かった。
「帝国宇宙軍第二十三航空隊、これより、ノモンハンの友軍支援のために出陣いたします。この命に替えても、必ず任務をやり遂げる覚悟であります!」
隊長の槇村美樹子は、この編成に当たって大尉に昇進した。そして、自身を含めて9名の分隊を指揮することになる。
「うむ、その心意気や良し。しかし、命を投げ出すようなことは絶対にしないように。君たちは朕の赤子(せきし)だ。朕は自らの赤子が死ぬようなことは望まぬ。必ず、生きて帰ってきて欲しい」
そう言って、天皇は隊員一人一人と握手を交わしていった。
隊員はみな、天皇の優しいお言葉に感激し涙を流す。そして、必ず生きて帰ると誓う。
「帽振れーー!」
基地隊員が見守る中、第二十三航空隊は飛び立っていった。予備を含めて13機の十一試戦闘機と、早期警戒機一機、輸送機5機の部隊だ。
鹿島宇宙軍基地を出発した航空隊は、清帝国長春市近郊の空港とハルビン空港で給油をして、ノモンハンを目指した。
――――
高城蒼龍は、別の輸送機に乗って北樺太を目指す。ソ連侵攻に当たって、ロシア帝国との最終調整を行うためだ。
ソ連への侵攻が開始されたら、ロシア軍も同時にソ連沿海州に上陸し、シベリア東部を制圧する事になっている。戦略的にそれほど価値があるわけではないが、東シベリアに点在するラーゲリ(強制収容所)の開放を行うのだ。
――――
「とうとう時が満ちたのですね」
アナスタシア皇帝が笑顔で高城蒼龍に話しかける。
「はい、もう戦争回避のための手段は尽きました。世界はこのまま大戦に突入するでしょう」
高城蒼龍の表情は暗い。ドイツとソ連の横暴を防ぐことが出来なかったという後悔の思いが顔に出ている。もっと、強権的な手法をとっていれば良かったのではないかと。
「高城男爵。そんな顔をなさらないでください。世界の流れを変えることなど、一人の責任でどうすることもできません。私たちは、今できることを精一杯すれば良いと思います」
「陛下。おっしゃるとおりです。こうなってしまってはやるべき事を全力でやるだけです。我々には他の手段は残されていないのですから」
「そうですね。それに、私たちロシア人にとってこの大戦は、奪われた国土と国民を取り返し、共産主義の圧政に苦しむ人たちを解放する聖戦です。今まで共産主義者どもの跋扈を許してきてしまった私たちの非力さを常に悔いておりました。しかし、日本と宇宙軍の協力で、共産主義者を倒すことの出来る力を得ることが出来たのです。私はこのことを神に感謝してやみません」
アナスタシアの表情はいつも明るい。少女の頃、目の前で家族全員を射殺され、国を追われたにもかかわらず・・・・・。
「そうだよ。ぼくたちがここまで来られたのも、高城くんの知識のおかげだよ。高城くんの知識がなければ、きみが昔言ったように日本には悲惨な結果が待ち受けていたんだろ?少なくとも、そこは回避できているし、何より、ぼくはアナスタシアと出会うことが出来た。そして、これからヨーロッパで起こる悲劇を我々の力で阻止する。これが新しい世界の歴史だよ」
やはり友達はいい。高城蒼龍は心底有馬の言葉に感謝する。
--――
開戦と同時に、ロシア軍にはウラジオストクを除く沿海州にあるソ連軍の拠点を殲滅してもらう。偵察衛星によって、どこにどの程度の戦力があるかは完全に把握しているので、優先順位をつけて攻略していくのだ。
まず、高射砲の届かない高空から精密誘導爆撃で、高射砲を無力化する。そして、攻撃機による兵舎やトーチカ・車両の撃破を行い、最後は40機のヘリコプターによるヘリボーン降下作戦で占領するというのが基本的な作戦だ。
ニコラエフスクなどの、黒竜江沿いの拠点については、巡洋艦からの砲撃支援と揚陸艦での強襲揚陸も同時に実行される。
日本からの武器供与によって、この作戦を行うだけの訓練と準備は整っている。あとは、日本がソ連に対して宣戦を布告するだけだ。
※書き溜めが少なくなったので、本日より1日一回毎朝7時更新になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます