第127話 東アジア条約機構
1936年7月
横須賀軍港に於いて、日本海軍が保有していた駆逐艦の譲渡式が開かれていた。
海軍艦艇再編計画により、廃止されることになった2,000トン以下の駆逐艦を、EATO(東アジア条約機構)諸国に無償提供することになったのだ。また、内陸国のチベット・ネパールには、全輪駆動トラック等の供与が実施された。
※譲渡する駆逐艦の、復元性と船体の強化工事を行っていたのでこの時期になった。
この式典には、ロシア帝国・清帝国・大韓帝国・タイ王国・ネパール・チベットの各代表が招かれていた。
大韓帝国からは、廃止される“戦艦”の供与を要望されたが、丁重にお断りした。かの国の国力で戦艦を保持していても、維持するのは困難だ。それよりは、内政に予算を使って欲しい。
「陛下。この度は駆逐艦の無償提供と、清帝国海軍の訓練を実施していただき、誠にありがとうございます」
清帝国摂政に就任している愛新覺羅顯㺭(川島芳子)が天皇に挨拶をする。
清帝国樹立後、皇帝の愛新覚羅溥儀は長春城(※清帝国の皇居)に引きこもり、ほとんど姿を見せることが無くなっていた。その為、川島芳子が摂政に就任し、清帝国の国事行為を行うようになっていたのだ。
清帝国樹立後、全て順風満帆というわけでは無かった。地方馬賊を県知事にして武装解除を行ったが、この時代、ある程度の権力があれば秘密裏に武器を確保することは難しくない。不正を行っている旧馬賊を摘発する際、何度か激しい銃撃戦になったこともある。
特に、アヘン栽培や販売を一切禁止したので、アヘン栽培を行っていた馬賊達の抵抗は激しかった。
史実の満洲では、日本の関東庁専売局がアヘンの栽培・精製・販売を一手に仕切り、莫大な利益を上げていた。そして、関東庁専売局は実質日本の関東軍の配下であり、特別会計として日本陸軍が大陸で活動するための原資になっていたのだ。
また、このアヘンでもたらされた膨大な資金は、戦後、何人かのフィクサーと呼ばれる人間達によって使われ、様々な場面で日本に暗い影を落とすことになる。
※このアヘン資金から始まる、現在に至るまでの政治・宗教(半島系)・公営ギャンブル・だれもが知っている公益財団等の闇に首を突っ込んだ者の多くは、二度と帰ってきてはいない。
アヘン栽培は莫大な利益を出す。それ故に、その利権にあやかっていた馬賊達の抵抗は激しかった。
しかし、日本軍から供給される潤沢な兵器により、損害を出しながらも、全て鎮圧することが出来ていた。
そして、反乱を企てた者達には苛烈な刑罰が待ち受けている。
もちろん、清国時代のような拷問や公開処刑を行うことは無いが、首謀者本人と、反乱と知ってもなお積極的に荷担した者については、18歳以上には全て死刑が適用された。
反乱を起こした馬賊本人にも当然家族が居る。反乱を起こした本人、つまり家長に対して、反乱を起こした後にも食事・洗濯・寝所の準備などをした18歳以上の親族も例外なく死刑に処された。
逮捕された馬賊の頭領は、息子や娘、妻の助命を嘆願したが当然聞き入れられることは無かった。18歳にもなれば分別もつく。儒教に基づく人治国家だったのはもう昔の話だ。清帝国の法律では“反乱”は最も重い罪の一つとされている。法治国家であれば、反乱を犯す父親に従い積極的に反乱に荷担したのだから、法律通り死刑は免れない。
こうして、反乱を起こした者達に対する苛烈な制裁によって、ここ3年間は反乱も発生しておらず、治安は向上してきている。
反乱が起こる度に川島芳子は、宇宙軍で厳しい訓練を受けていた頃に高城蒼龍から言われた言葉を思い出した。
「だれもが笑顔で安心して暮らせる世界を作りたいんだ。そこには飢えも貧困もなく、だれもが自分の未来を自分で決めることができ、理由も無く逮捕されたり殺されたりすることの無い世界。すべての人たちが、何の不安も無く輝ける未来を夢見ることができる世界を作りたい。そして芳子、きみには清帝国を復活させて、その国を世界一輝く国に育てて欲しいんだ」
芳子は高城蒼龍の言葉に、力強く頷いた。必ず清帝国の独立を実現し、だれもが安心して暮らせる理想郷を私が作ると誓う。そして、それは私の国だ。私の分身として未来永劫、この地球の歴史が終わるときまで輝かせ続けると。
清帝国が独立した後、しばらくして初恋の相手だった山家亨(やまがとおる)が訪ねてきた。
それは、最後に山家と会った日と同じ、雨の降る日だった。
山家は、あの頃と変わらない優しい言葉で私を包む。あの頃と同じように、自分の夢を語っている。日本と中国の架け橋になりたいと、あの頃と変わらぬ笑顔で私に語りかける。
そして、山家はもう一度自分と、男と女としてつきあって欲しいと言った。
私は“はっ”として山家の目を見る。その言葉に、私は確かに動揺した。もしかしたら、私はその言葉を期待していたのかもしれない。自分の胸が高鳴ることがわかった。
でも、私はその申し出を断った。
清帝国が樹立した頃、その周辺を取り巻く情勢を調査したときに、中国で非合法活動をしている日本陸軍の諜報機関の存在が判明した。KGBの協力を得て詳しく調べると、その工作員の名前に“山家亨”の名前があったのだ。
そして、長野で芳子に出会ったのも、山家亨の“仕事”の為だったことがわかった。
“彼が欲しかったのは私では無く、私の身分・・・”
そう、彼はあの時と何も変わらない。優しい笑顔で、優しい言葉で私を包む。そして、あの時と同じように、私の“身分”を欲しがっている。
“男はいつもそうだ。山家も、実父の善耆も、養父の浪速も、そして、高城蒼龍も・・・・”
男達は皆、自分を道具としてしか見ていない。
高城蒼龍も同じだ。
私を良いように利用し、清帝国を独立させて日本の防波堤として使っている。所詮、高城にとって私は道具なのだ。
ならば、私はその道具として、高城が言ったようにこの清帝国を世界で一番輝く国にしてやる。誰もが笑顔で生きていけるように・・・、そして、私のような、利用されるだけの女が必要の無い世界に・・・。
「摂政殿下。世界はまだまだ弱肉強食の世界です。我々が希求する平和な世界にはほど遠いのですが、一緒に手を取り合って“夢”の実現の為に邁進しましょう」
天皇はそう言って芳子の手を取り、固く握手をする。
“この人(天皇)だけは、裏表が無くて本当の事を言っている。私を道具としてでは無く、一個の人として見てくれている”
川島芳子は、天皇の裏表の無い笑顔を見て心が安まる思いがした。
“このお方となら、素晴らしい清日関係を作ることができる”と。
EATO諸国に艦船が引き渡された後、しばらくは日本近海で訓練が行われた。各国の海軍軍人達に、日本海軍軍人が訓練を施す。皆、自国の期待を一身に背負って来ているので、訓練に対する姿勢は熱意のあふれるものであった。
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