第124話 宋美齢

 アメリカ国内のリチャード・インベストメントグループは、アメリカ政府と十二賢者に押さえられてしまったが、既に巨大なグローバル企業と化しており、アメリカ以外の地域に於いては今まで通り池田の支配の元で活動していた。とはいえ、全体の約50%を占めるアメリカでの活動が押さえられてしまったのは、やはり痛い。


 中国南京


「蒋夫人。こちらが新型のゲルマニウム美顔器です。どうぞ、お試し下さい」


 40歳くらいのロシア人美女が、宋美齢の前に様々な美容器具を並べている。宋美齢はゲルマニウム美顔器を手に取り、そのローラー部分を自身の顔のほうれい線から頬にかけて滑らせた。


「まあ、スムーズに動くのね。とても心地よいわ」


「ありがとうございます。このローラーは、下から上に向けて滑らせて下さい。強く当ててはダメですよ。ゆっくり優しく動かして下さいね。このゲルマニウムローラーには、プラチナとチタンチップを理想的に埋め込んでおります。イオンバランスを整える効果がなんと50%も向上しているんですよ」


「ええ!そんなにも良くなってるんですね。ぜひ、購入させていただくわ」


「ありがとうございます、蒋夫人。それと、こちらは新開発の“コラーゲンスープ”になります。皮膚のなんと40%はこのコラーゲンで出来ていて、年を取るとコラーゲンの合成が出来にくくなるんです。当社のこのコラーゲンスープは、そのコラーゲンの合成を助けて、いつまでも、張りとつやのあるお肌を維持できるんですよ」


「まあ、そうなの?すばらしいわ。それもいただくわね」


「蒋夫人はいつもお美しいですわ。うらやましい限りです」


「何を言っているの?あなたもすごく若々しく見えるわよ。とても40歳には見えないわ」


「それも当社の美容器具や食品のおかげですわ。この商品の開発にはアナスタシア皇帝陛下も協力していただいてますのよ」


 宋美齢は中国国民党の蒋介石の妻だ。史実では、日中戦争での日本の非道をアメリカに訴え、その美しい容姿と健気に訴えかける姿がアメリカ国民の心を動かし、日本への経済制裁へ向かわせたともされる。また、ルーズベルト大統領の妻エレノアとも懇意につきあい、アメリカの対日政策に大きな影響を与えた。


「蒋夫人。それが、先日当社のアメリカ本社が不当な摘発を受けて、ルーズベルト大統領はロシアへの経済制裁を匂わせているのです。もしそのような事になったら、これらの美容器具の提供も出来なくなってしまいますわ」


「まあ、そうなの?それは困るわね。そうならないように、夫に働きかけるように言うわ」


 今世では、中華民国と日本は良好な関係を保っており、ほとんど懸案事項は無い。貿易額も増加の一途をたどっており、お互いに良いビジネスパートナーとなりつつあった。


 しかし、中国利権を独占したいルーズベルトにとって、中国と良好な関係を維持する日本は目の上のこぶのようなものだったのだ。


 ルーズベルトは就任以来、蒋介石に日本とロシア・清帝国との貿易や関係を見直すように働きかけていた。しかし、清帝国とは国境未確定地域はあるが、目立った衝突も無く、かつ、中華民国の国籍を持った人間が清帝国内で2,000万人も活動し、そこから中国国内に多額の送金もされている。しかも、そのほとんどがドル建てだ。中国国内では、アメリカ資本による工場がかなり立てられてきたが、そこで生産される物品はほとんど国内で消費されており、輸出はそれほど伸びてはいない。対米貿易はかなりの赤字だったのだ。それを補うためにも清帝国からのドルの送金は欠かすことが出来なかった。


 日本とロシアは、中華民国とアメリカが接近しすぎないように、蒋夫人には美容器具や美容食品を送り、蒋介石には極秘の資金援助を行っていた。中華民国(蒋介石夫妻)にとって、日露と良好な関係を保つことのメリットを最大限利用しているのだ。




 1936年3月


 南太平洋、カロリン諸島より南に400kmの赤道近辺


 全長200mの貨物船の甲板に、発射アームに懸架された18mほどのロケットが屹立していた。


「・・・・・・3・2・1 発射」


 そのロケットは激しい炎と煙を上げて浮かび上がる。そして、みるみる加速をしていき、雲一つ無い青空の彼方に消えていった。


 その貨物船から1kmほど離れた洋上で、白次良田人(しろつぐ らたひと)宇宙軍少佐はそれを見守っている。


「一段目ロケット燃焼終了。切り離しに成功。二段目点火、予定通りの推力が出ています」


 今のところ問題は無い。管制室に居る全員が固唾を飲んでモニター画面を見ている。


「三段目切り離しに成功。四段目点火、姿勢制御良好、高度300km・・・燃焼終了を確認。全て正常です」


 白次は心の中で“よし!”と成功を確信するが、まだ表情には出さない。レーダー観測では、予定通り高度300kmに達する事が出来ているが、すぐに探知範囲外に出てしまったので成功しているかどうかの確認は、1時間ほど待たなければならなかった。


 ロケットの打ち上げ場所を赤道近辺にしたのは、打ち上げを秘匿したかったと言うこともあるが、赤道に近いほど、地球の回転速度を利用できるからだ。地球の回転速度の分、ロケットによる加速を節約することが出来き、より少ない燃料で、より大きな衛星を打ち上げることが出来る。


 1時間後


「ビーコンを確認!レーダーでも補足しました!予定の軌道に投入成功です!」


「よっしゃぁぁ!」


 白次は柄にも無く大声を上げて喜びを露わにした。他の職員もそれぞれの方法で喜びを表している。世界初の人工衛星打ち上げに成功したのだ。


 1927年には固体燃料ロケットで高度100km飛距離400kmを実現していたが、その後、液体燃料ロケットの開発やミサイルなどの開発を優先していたため、衛星打ち上げ用固体燃料ロケットの開発は一時停滞していた。


 その後、大型液体燃料ロケットは様々な技術的問題から開発を中止し、固体燃料ロケットで、低軌道の打ち上げに絞った開発を行っていた。技術士官も多数育ってきて、徐々に開発体制も充実していき、そして、ついに低軌道への衛星投入に成功したのだ。


 初めての人工衛星だったが、実用的な偵察衛星を打ち上げた。白次は絶対の自信があったのだ。


 高城少佐からは、


「最初の人工衛星は植木鉢の敷き皿が良いんじゃ無いの?」


 と言われたが、無視した。


 近点高度300km、遠点高度410km

 重量122kg


 1920×1080ドットの赤外線カメラを搭載し、地球上のあらゆる場所を撮影して宇宙軍に送信する。こうして、全世界の精巧な地図を作成していく。


 特に、ソ連の領内に於いては河川・道路・鉄道・橋梁・建築物などの位置を、寸分違わずマッピングしていく。


 万が一日ソが開戦したときには、このマッピングデータは非常に強力な武器になる。また、衛星測位システムが間に合えば、ピンポイントで中長距離ミサイルを命中させることも出来る。この衛星打ち上げは、まさに戦争に革命をもたらすものだ。


 そして、1938年までにこのタイプの偵察衛星を20機打ち上げる計画になっている。これで、北半球を常時監視することが出来るようになる。赤外線は薄い雲なら透過して撮影できるので、リアルタイムでの敵部隊の位置把握に役立つ。


 その時に向けて、着々と準備は進んでいく。


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