第123話 M資金
「くそったれ!沿岸警備隊に連絡だ!国籍不明の潜水艦が12番埠頭から南に逃走した!ローワー湾の出口を封鎖しろ!」
FBIは沿岸警備隊に連絡し、湾の出口を塞ぐように協力を要請する。しかし、ローワー湾は十分な水深があるので、潜航した潜水艦をなんの装備も無い沿岸警備隊が発見することは不可能だった。
――――
池田は、傷口を消毒してもらい治療を受ける。潜水艦に乗り組む際、右足の弁慶の泣き所を激しくぶつけ、出血していたのだ。
「時間ぴったりで助かったよ。もう少しで捕まるところだった」
「はい、池田少佐。全て指示通りに進んでいます」
池田は、波止場の倉庫に隠してあった“例の物”を潜水艦に移すように指示を出していた。そして、その“例の物”を池田は確認する。
「たしかに。ご苦労だった。これだけ運ぶのは大変だったんじゃ無いか?」
そこに運び込まれていたのは、大量の金塊とドル紙幣の札束、そしてアメリカ国債の債券だった。
この“宇700型潜水艦”は、宇宙軍によって新造された最新の潜水艦だ。船体は海上自衛隊の“たいげい型”をベースに設計をした。高性能潜水艦に必要な超高張力鋼板と溶接技術も、宇宙軍の研究開発によって1930年代には実用化の域に達している。
実際の“たいげい型”のようにリチウムイオン蓄電池は搭載していないが、高性能な鉛バッテリーを搭載し、1930年代の潜水艦とは比べものにならない水中速力と連続潜航時間を実現していた。
最大潜行深度も500m以上ある。通常の爆雷では、信管にこの深度を設定することは出来ない。
宇宙軍では、宇700型潜水艦の大量建造に取りかかっている。
――――
「池田に逃げられただと!どいつもこいつも無能揃いだな!しかも潜水艦か!沿岸警備隊は何をしていたんだ!すぐに日本大使を呼べ!正式に抗議する!」
アメリカ政府は日本大使に対して、潜水艦による領海侵犯の謝罪と池田政信の引き渡しを求めた。容疑は、リチャードと詐欺を共謀したというものだ。
それに対して日本は、領海侵犯の事実は無い。そもそも日本の潜水艦が大西洋まで行くのは不可能である。そして、池田政信は現在清帝国に駐在しており、アメリカには居ないと返答した。アメリカに居たとされる池田は、おそらく偽造旅券を使った偽物だろうとの主張だ。
アメリカ政府は、リチャード・テイラーを詐欺と脱税の容疑で指名手配をした。そして、ロシアで療養中という情報があるため、ロシア帝国に対して身柄の引き渡しを求める。
それに対してロシアからの返答は、
「リチャード・テイラー氏は、本日病気で亡くなられた」
という物だった。
「ロシアめ!口封じに殺したのか?いや、死亡を装ってどこかに逃亡している可能性もあるな。とにかくリチャードの遺体をアメリカに運べ!本人かどうか確認する」
リチャード・テイラーの遺体は冷凍にされ、貨物船でアメリカに運ばれた。しかし、リチャード・インベストメントグループのどの会社の幹部に聞いても、だれも、リチャード本人と会ったものは居なかった。
自動車工場で働いていた頃の上司や同僚にも照会をかけたが、その頃から既に15年以上が過ぎており確証を得ることが出来ない。
皆、“似ているので多分リチャードだと思う”との返答だった。モブキャラの記憶などその程度のものだ。
この遺体は、リチャードによく似た別人のものをあらかじめ用意し、冷凍保存していたものだった。
アメリカ政府はリチャード・インベストメントグループとSUN&SONカンパニーが契約していた倉庫やビルを片端(かたっぱし)から捜索したが、保有しているはずの現金や金塊、そしてアメリカ国債はついに見つからなかった。
「どういうことだ!あれだけの現金と国債の束をどこに隠したのだ!」
ルーズベルトは秘書官に怒鳴り散らすが、すでに国外に持ち出されている物は見つからない。
この消えた資金は、Masanobu Ikedaの頭文字から“M資金”と呼称され、今後100年以上にわたってその存在が詐欺の材料にされることとなる。
隠し資産の調査と平行して、リチャード・インベストメントグループ会社の国有化が粛々と進められていた。
そして、1929年のブラックサーズデイは、リチャード・テイラーが企てた“犯罪的行為”だったと発表をする。それを裏付ける資料を順次新聞にリークしていった。
6年前の悲劇とそれに続く不況はリチャードの仕業だったのかと、アメリカ国民の怒りがそちらに集中した。そして、リチャードを裏で操っていたのは日本とロシアだったと発表がされる。
アメリカ国民の反日反露感情に火が付いた瞬間だった。
――――
「日本政府とロシア政府に対して正式に抗議する」
ルーズベルト大統領はこのリチャード事件を奇貨とし、日本とロシアへの非難を強めた。ウォール街の大暴落を引き起こし、アメリカ経済に多大なダメージを与えたのが日本とロシアからの経済戦争だったというシナリオだ。そして、景気低迷の責任を誰かに求めたかったアメリカ国民は、そのシナリオ通りに踊ることを選択した。
日本に対する経済制裁などは行われなかったが、ルーズベルトの思惑もあり、日米関係は徐々に悪化していくのであった。
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