第122話 池田政信

「こ、これは・・・・」


 ルーズベルトは封書の中身を読み進めた。


 そこには、リチャード・インベストメントが1929年に相場を不当につり上げ、そして空売りをかけることによってブラックサーズデイを故意に引き起こしたと記載がある。それを裏付ける売買記録も添付されていた。さらに、その取引で得た巨額の利益を一度ロシアに送金し、ロシア銀行経由で環流させ、全米の金融機関を買収していったとある。そして、SUN&SONカンパニーの池田政信も深く関与していると。


「これは、事実なのか・・・。あのブラックサーズデイを引き起こしたのが、この一企業だと?」


 しかし、当時の法律では、風説の流布や脅迫による株の売買は禁止されていたが、相場操縦についての規制はなかった。法律に従えば、相場操縦で摘発することはできない。


「なるほどな。本来価値のない会社の株式を買って、あたかもその会社に価値があるように市場を“欺(だま)し”、株券や売買代金をだまし取ったという“詐欺”での立件か。立件した後、リチャード・インベストメントのせいでブラックサーズデイが発生し、そのせいで労働者や農民が困窮したと喧伝すれば、民衆の怒りはリチャードに向く。それが、十二賢者の選択か」


 ルーズベルトは内線電話の受話器を取り、交換手にカミングス司法長官に繋げるように指示を出す。


「カミングスか?私だ。リチャードグループについてだ。やはり我々とやる気で間違いない。そうだ、ああ、わかっている。下院議長は擁護派だな。それはやつなりの考えがあるのか、それとも既に抱き込まれているのか・・」


 ルーズベルトは司法長官に対して、リチャード・インベストメントグループ摘発の準備をさせる。そして、違法な取引で財を成した個人や企業の資産を差し押さえることのできる“大統領令”の準備も進めた。


 これで、リチャード・テイラーを排除して、リチャード・インベストメントグループの実質国有化を行うことができる。そうすれば、発行済み国債の30%以上を合法的に回収も出来る。これは、アメリカ政府にとって非常に実利の大きいことだった。


 ――――


 その頃池田の元に、ロシアKGBとリチャード・インベストメントがアメリカ政府に送り込んでいるスパイから、アメリカ政府が摘発の準備をしているとの情報がもたらされた。


「とうとうというか、やっと気づいたか。さて、そろそろ潮時だな」


 池田は机の引き出しから暗号化アダプタを取り出し、電話の受話器に取り付ける。そして、“ある部署”に電話をした。


「ああ、今夜港で決着だ。例の立ち入り禁止の波止場の、そうだ、第三倉庫に8時半だ。あと、彼女にも伝えておいてくれ。メトロの999番ホームの端で待っているはずだ。必ず行くとな」


 暗号化アダプタを取り付けて、さらに、符丁を使って指示を出す。この電話は、間違いなく盗聴されている。


 15年間暗躍したアメリカとも今日でおさらばかと思うと、少々感慨深くなる。大まかには高城蒼龍からの指示だったが、実際に現場で戦い、世界を動かしたという自負が池田にはあった。もちろん、自分のせいで命を絶った投資家や企業家も多い。困窮して自殺をした労働者もいただろう。だが、経済という大海原に漕ぎ出したのであれば、それは覚悟の上だ。池田に後悔はなかった。


 池田は、アメリカを立ち去る日のために準備をしていた、ロロ・ピアーナの生地を使って仕立てたダークなスーツに着替え、ボルサリーノの帽子を深くかぶり、ピカピカの革靴に履き替える。


 そして、壁に掛かった絵画を外しその後ろにある金庫から“相棒”を取り出す。それは常に自分の命を守ってくれた“コルトM1911”だった。


 池田はコルトを手に持って見つめる。手が少し震えているのは、怖いわけじゃない。こいつを見ていると、アメリカでの15年間の記憶が走馬燈のようによみがえってくる。


 “最後に、十二賢者の頭にこいつをブチ込んでやりたかったな”


 ――――


 池田は流しのタクシーを拾って“第三倉庫”に向かう。事務所を出たときからつけてくる連中がいた。おそらく“例の物”の隠し場所を突き止めたいのだろう。ならば、“第三倉庫”に着くまでは強硬な手段に出ることはないはずだ。


 タクシーは“第三倉庫”に到着した。もう辺りは真っ暗になっている。


 池田はタクシーを降り、ゆっくりと倉庫の前の岸壁に向かって歩いて行く。岸壁からは、5メートルくらいのタラップが海に突き出していた。ここは、5万トン級貨物船が接岸できる、水深の深い岸壁だ。


「連邦捜査局(FBI)だ。少々話が聞きたい。一緒に来てくれるか?」


 4人の背広の男が池田に近づいてきた。スーツ姿だが、その左胸の厚みからそこに拳銃のある事がわかる。


 4人の捜査官の後ろには、次々とパトカーが到着していた。どうやら囲まれて逃げることは出来そうにない。


 池田はボルサリーノの鍔をつまんで少し俯く。


「よぉ、遅かったじゃないか」


 そう言って、突然海に突き出たタラップに走り出した。


「待て!止まらないと撃つぞ!」


 捜査官の一人が拳銃を抜く。


「撃つな!絶対に生かして連れてこいとの命令だ!」


「くそっ!海に飛び込むつもりか!?」


 池田はタラップを走り、海に向かって高くジャンプをした。


 その瞬間


 バッザーーーーン


 真っ黒い水面が急にせり上がり、そこから巨大な黒い物体が浮上してきた。


 池田はその黒い物体に着地する。


「なっ?潜水艦だと!?」


 潜水艦の後部ハッチが開き、池田はそこに駆け出す。


「仕方が無い!撃て!絶対に逃がすな!」


 捜査官達が発砲を始めた。しかし、薄暗い水面にダークなスーツの池田に狙いを付けるのは難しかった。ほとんど当てずっぽうでの射撃だ。


 池田はハッチに手をかけ、急いで潜水艦の中に入る。


「うっ!」


 その刹那、池田の体を電光石火のように痛みが貫いた。


 池田は痛みに耐えきれず、ラッタルから落ちて、船内に倒れ伏す。


「池田少佐!大丈夫ですか!」


 潜水艦の水兵が池田の体を抱き起こす。池田の顔は、痛みに苦悶していた。


「ああ、大丈夫だ。弁慶の泣き所をぶつけた・・・・。アンダルシアの空を見るまでは死ねないよ」


「・・・・・・・・・・・・」

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