第121話 十二賢者
1935年7月
ホワイトハウス 大統領執務室
「それでは、リチャードはロシアと繋がりがあるというのか?」
「はい、大統領。ロシア銀行から不透明な資金がかなり流入しています。また、ウォール街大暴落の際、巨額の利益を出していますが、そのほとんどがロシアに一度流出し、そこからロシア銀行経由でリチャードグループに戻っています。ロシア銀行を経由させた悪質な脱税行為といって良いでしょう」
※法整備のされていない1930年代では、海外送金を使った節税行為を脱税とする事は難しく無かった。司法の裁量は今よりも大きい。
「なるほど。ロシア銀行、ロシア政府もグルということか」
「はい。間違いないと思われます。さらに、SUN&SONカンパニーという会社とも不透明な多額の取引があります。この会社は、資本関係を巧妙に隠していますが、調査の結果おそらく日本軍の息のかかった会社です」
「やはり日本軍とも繋がりがあるのか・・。しかし、リチャードグループの経済規模は我が国のGDPの7%にも及ぶのだろう?何故こんなになるまで誰も気づかなかったのだ?これでは、迂闊にどうこうできるものではないな・・・」
リチャードの活動が問題にならなかったのは、多くの議員や地方政府の首長に“資金”を提供して“協力”してもらっていたからだった。
「はい、大統領。それにリチャードグループとロシア政府を併せたアメリカ国債保有率は30%以上に及びます。押さえ込むのは難しいかと思いますが、しかし、このまま放置しておくのも危険かと存じます」
「しかし、どうやって押さえ込むのだ?無理なことをして、もし連中が保有しているアメリカ国債をたたき売れば、国債の金利は上昇し我が国の信用が低下する。それは避けたいのだがな」
「リチャードが保有している国債を“差し押さえる”という方法もあります」
「しかし、差し押さえとなると、手続き的に難しいのではないか?脱税をでっち上げるにしても、さすがに国債30%相当の金額にはなるまい」
アメリカは一応法治国家だ。手続きを無視して民間企業の資産を差し押さえることはさすがに出来ない。
リチャードグループはなんとかしたいが決定打に欠ける。ルーズベルトは自身のシンクタンクに、リチャード対策の検討させていた。
――――
とある高層ビルの地下5階
十二賢者が一堂に会していた。
「小賢しいまねをされたが、今現在はアメリカ経済を実質支えている柱の一つになっている。リチャードが株式の大暴落で大儲けをしたのは事実だが、やつは暴落のきっかけを作ったに過ぎん。明らかに株式市場は過熱していたし、リチャードが何もしなくても暴落していただろう」
「その後は中小の金融機関に資金を投入し、企業や農家の救済を行った。今、アメリカ経済が持ち直しているのもリチャードのおかげと言っても良いだろうな」
「ああ、その通りだ」
「リチャードがいなければ、アメリカ経済はもっとひどいことになっていた」
「しかし、その分アメリカ経済の主導権をリチャードに握られているとも言える。アメリカのGDPに占めるリチャードグループの割合は約7%だ。これは我ら十二賢者の傘下にある企業体の実に半分近くに達する。アメリカ国債の保有比率に関しては30%以上にも及んでいるしな」
「しかも、リチャードはロシア帝国とつながりがあるのは明らかだ。さらに日本とのつながりも伺わせている」
「これ以上の増長は許容出来んな」
「ああ、リチャードはやり過ぎた」
「それでは、ヤツに動いてもらおうか。ヤツもちょうどリチャードのことを調べ始めているようだしな」
――――
ホワイトハウスの大統領執務室には、ダイヤルのない電話機が一つ置かれている。こちらから架けることは出来ない。ベルが鳴るのを待つだけだ。
ジリリリリリー・・・ジリリリリリー・・・ジリリリリリー・・・
10年間鳴らなかったその電話は、この日、ついにベルを鳴らした。
電話機については、大統領の引き継ぎ項目の内トップシークレットの最初に指定されている物だ。
大統領権限よりも上位に位置する者たちから架かってくる電話。その存在を直接見た大統領はいない。しかし、確実にそれは存在し、アメリカ経済を、政治を支配し、世界をも支配しようとしている“組織”なのだ。
「は、はい・・大統領のルーズベルトです」
ルーズベルトは突然鳴り始めたその電話のベルに、心臓が止まりそうになる。変な脂汗も出てきた。引き継ぎ事項にはあったが、前任のフーヴァーの期間中には鳴ることがなかったという。そして、自分の任期中にも鳴らないことを祈っていたが、就任して2年でそのベルが鳴っている。
ルーズベルトは震える手で受話器を取った。
「電話に出るまでずいぶんかかったな。我々は、お前が執務室に居るときにしか電話をかけない。お前は常に監視されていることを忘れるな」
ルーズベルトは背筋に寒いものを感じた。
“大統領の私が常に監視されている?このホワイトハウスに居る誰かが、連中、“十二賢者”のスパイと言うことか・・・“
「あと2分でお前宛に封書が届く。その指示通りに動け。わかったな」
それだけ言って電話は切れた。
そして2分後、大統領秘書官が執務室のドアをノックする。
「大統領。“全米愛国経済同友会”から陳情書が届いております。セキュリティチェックはクリアしています」
ルーズベルトは“それ”を持ってきた秘書官を睨む。もしかして、こいつが十二賢者の手先なのかと。
「いかがされましたか?大統領」
秘書官は大統領に睨まれて、すこし気圧されている。アメリカで最も権力を握っている“ハズ”の男から睨まれれば、普通の人間なら誰しもそうなるだろう。
「この封書は誰から渡された?」
「はい、大統領。今朝方秘書課に届けられた物です。セキュリティチェックが終わったので、通常通りお持ちいたしました」
「通常通りの業務だと?それにしては今日はこの一通だけとは不自然ではないか?」
「はい、確かにそう言われればそうですが、本日は何故かこの一通だけでしたので・・・」
秘書官は困った表情で大統領を見る。ルーズベルトはその表情に嘘は無さそうだと思う。それでは、十二賢者はどうやって“2分後”と知っていたのだろうか?ルーズベルトには、ホワイトハウスに居る全ての人間が、十二賢者の手先に思えてくる。
「中身は見たのか?」
「いえ、危険物が入っていないことの確認だけです。confidentialとあるので、中身は見ておりません」
「わかった。もう下がって良いぞ」
秘書官を下がらせ、ルーズベルトは封を開ける。
“全米愛国経済同友会”
初めて聞く団体だ。本当に存在するのかどうか疑わしいと思いながら、封書の中身を読む。
「こ、これは・・・・」
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