第112話 スーパーキャリア(1)

<1935年3月>


 清モンゴル国境で紛争が行われているちょうどその頃


「小林大将。ロンドン海軍軍縮条約委員会に提出する艦艇一覧を精査していたのですが、宇宙軍保有の艦艇に少々おかしなものがあります」


 山本五十六中将は小林躋造大将に資料の束を持ってくる。


 第二次ロンドン海軍軍縮条約に基づいて、毎年一回保有艦艇の一覧を委員会に提出する義務があった。その為の艦艇一覧の資料を山本は受け取ったのだが、宇宙軍から提出された資料の中に、あきらかにおかしなものがあった。


「山本中将。おかしなものとは何だ?」


「はい、宇宙軍保有艦船の一覧なのですが、その中に全長337メートル・満載排水量10万トンの空母2隻が計上されています」


「・・・・・・・?」


 小林大将は、山本中将の言っている意味が一瞬わからなかった。


 “337メートル?10万トン?しかも2隻?”


「・・・いや、それはおかしいだろう。試験空母や商船改装空母ならまだしも、10万トンの空母などどうやって作ったというのだ?それに、宇宙軍の予算ではそんな買い物は出来ないだろう」


「私もそう思って主計局の者に再確認させたのですが、宇宙軍の高城少佐からは間違いないとの返答がありました」


 確かに宇宙軍では“秘密兵器”と言って良い物を開発している。それでも、10万トンの空母というのはすぐには信じがたい。しかし、資料として出されているのであれば、確認しなければならないだろう。


「よし、山本中将。宇宙軍に行って高城少佐に確認しようじゃないか」


 海軍から高城少佐に面会したいとの連絡が入る。そして、二日後に宇宙軍本部に小林大将と山本中将が訪れることになった。


 二日後


「高城少佐。時間を取ってもらってすまない。先日宇宙軍から提出のあった艦艇一覧についてだが、10万トンの空母というのは間違いでは無いのかね?」


「はい、小林大将。間違いではありません。先日艤装も完了し受領いたしました」


「そ、そうか・・、あ、いやしかし10万トンだぞ、10万トン。そんな巨大な空母をどうやって作ったのだ?もしかして、これも軍機で陛下の許可が無いと明かせないのか?」


「いえ、この空母については、小林大将と山本中将にはお伝えして良いと陛下に許可を頂いております。もともと、ロシアの海運会社がアメリカに発注していた大型貨物船なのですが、完成がもうすぐという時にその海運会社が受領を拒否したのです。そこで、宇宙軍で買い取り空母へ改装したという次第です」


「そうだったのか。もし可能なら、その空母を見学させてもらうことは出来ないだろうか?それにこう言っては何だが、宇宙軍ではまだ運用の知見がたまっていないのではないか?よければ、乗組員の教育や運用について海軍が協力できることがあるのでは無いかと思うのだがどうだろう?」


 前回と違ってずいぶん腰が低くなっているなと蒼龍は思う。陛下から防諜について言われたことが相当堪えたのだろう。


「はい、小林大将。それにつきましては・・・・」


「いや、それについては朕から話そう」


 蒼龍が返答しようとした瞬間、会議室の後ろのドアが開いて突然天皇が入室してきた。


 ガタッ!


 小林大将と山本中将は驚くほどの速度で立ち上がり最敬礼をする。蒼龍は“軍人の鑑”を見たような気がした。これくらいの反応速度が無ければ軍では出世できないのだろうと思う。そして一拍おいて蒼龍も起立して陛下に最敬礼をした。


『急に現れてみんなを驚かそうとしてるよね。ぜったい』


 蒼龍は天皇のそういう“おちゃめ”なところが人間らしくて好きだった。


「よい。みな頭を上げて着席してくれ。空母の運用については朕から話そう。そろそろ大型の兵器に関しては海軍と連携を取らなければならないと思っていたところだ」


 スーパーキャリア(大型空母)になると操艦要員と航空要員併せて6,000名にもおよぶ。それが二隻竣工していて、さらに三隻が竣工予定だ。とてもでは無いが、宇宙軍の人員だけでは運用できない。事前に人員の転換や訓練をしておかなければ、いざというときに使い物にならないのだ。


「陛下。誠にありがたきご配慮。痛み入ります」


「ヨーロッパではナチスが台頭し、つい先日もベルサイユ条約を無視して再軍備を宣言したばかりだ。また、アメリカでも、少々日本に対して厳しいルーズベルト大統領が就任している。それに、ソ連の脅威も増してくるばかりだ。この様な世界情勢にあっては、いつ何が起こるか予測も付かない。しかし、何があっても対処できるように三軍は協力して対応してもらいたい」


「はい、陛下。まさに至言に存じます。陛下のお言葉を金言とし、国体と国民の安寧をこの命に替えても守り通す所存にございます」


「うむ、その心意気やよし。しかし、まだ一部秘匿しないとならない兵装もある。そこで、とりあえずこの空母と新型機の能力を知ってもらうために、朕の指定する将官と将校に来てもらいたいのだが良いか?陸軍からも信用のおける人間を何人か呼ぼうと思っておる」


 こうして、海軍と陸軍から信用のおける人間を招待して、空母と新型戦闘攻撃機の披露会が行われることになった。


 参加者の所には、天皇自らが署名した“誓約書”が送られてきた。参加者はその“誓約書”に署名をして返送する。


 その誓約書には“当日参加した者以外には、何があっても口外してはならない。また、軍の施設内および軍用車両の中以外で軍機について話をしてはならない。もし、漏らすようなことがあれば、自らの命を持って責任を取るべし”と書かれている。


 署名をした者は、皆その手が震えていたという。

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