第99話 模擬空中戦(2)

<二日目>


「うぐぐぐぐ・・・・・・・」


 源田実は、なんとか6Gの警告音を鳴らそうと必死で加速度に耐えていた。しかし、5Gを超えた辺りでグレイアウトが起こり、6Gの手前で失神しそうになる。


 ※グレイアウトとは、下方へのGがかかった際に脳への血流が不足し、視界が暗くなる現象


 当時海軍で採用していた九○式艦上戦闘機では、急降下からの引き上げで、かろうじて一瞬5Gを超える程度であり、継続して6Gなど不可能であった。それ故、パイロット達にも、それほど耐G能力は求められていなかったのだ。


 源田の機は、1時間程度の飛行を終えて滑走路に戻ってくる。


「源田大尉殿。6Gを超えることは出来ましたか?」


 陸軍の加藤中尉が源田に駆け寄ってくる。


「いや、今回も直前まで行ったが、どうしてもダメだな。この機体は10Gまで耐えられると言うことだが、本当にそこまで必要があるのか?」


 九○式艦上戦闘機などの複葉機で、例え急旋回をしたとしてもすぐに速度が落ちてしまい、旋回も高度も維持が出来ない。しかしこの九十一式高等練習機は、降下しながら490km/hまで速度を出し、そこから急激な反転上昇で背面飛行に移行し、ひねりながらさらに反転をして水平飛行に持って行ったとしても、まだ400km/h以上の速度を保っている。ただし、その為には6G近くの加速度に耐え続けなければならない。もし、パイロットがもっと耐えることが出来るのであれば、さらなる高機動を実現出来る。


 しかし、海軍のエースと陸軍のエースの二人が6Gに耐えることが出来ないのであれば、それ以上は無意味と言うことではないだろうか?


「宇宙軍のパイロットは、何Gまで耐えることが出来るのだ?」


「はい、大尉殿。高矢曹長に聞いてみたのですが、笑顔で“ひ・み・つ”と返されてしまいました・・」


「そ、そうか・・・まあ、仕方が無いな。では、一本、いってみるか?」


「はい、大尉殿。是非ともお手合わせ願います!」


 源田と加藤は、模擬戦を繰り返す。お互いに“強敵(とも)”であると感じていた。


<三日目>


 昼前に、ロシア国旗を付けた九十二式大型飛行艇が到着する。


 九十二式大型飛行艇は、“着水”ではなく滑走路に“着陸”をした。


 それを見ていた源田と加藤達は目を丸くする。


「あ、あの飛行艇は着陸も出来るのか?」


 当時の大型飛行艇は、着水は出来ても着陸は出来ないというのが常識だった。


 そして、飛行艇からはユーリアが降りてきた。


「カズミ、ノリコ、久しぶり!カズミは結婚おめでとう!」


「ありがとう。来てくれて嬉しいわ。明日はよろしくね。」


 ユーリアは、明日の模擬空中戦に参加するために来日した。ロシア軍との混成チームとなる。九十一式高等練習機は、ロシアでも採用されていた。模擬戦の話しを聞いた有馬公爵が、横車を押してねじ込んできたのだ。ユーリアより練度の高いパイロットも居るのだが、高城も国際協力をアピールする事が出来るので許可を出した。


 陸軍と海軍のパイロット達が、ユーリアを遠目に見ている。日本人にとってロシア人の美少女というのは珍しい。


 “声かけろよ”“お前がかけろよ”といった声が聞こえてくる。


「カズミ、あそこのジャガイモが明日の相手?まともに操縦できるの?」


 ユーリアはわざと聞こえるように、日本語で言い放った。


「これは聞き捨てなりませんな、マドモアジル。自分は大日本帝国海軍 源田大尉であります。明日の模擬戦を楽しみにしております」


 ※マドモアジルはロシア語で“お嬢さん”の意


「ユーリア・フロロヴァ少尉よ。よろしくね。明日は“コテンパン”にしてあげるわ!」


 源田は苦笑いを浮かべる。


<模擬空中戦当日>


 その日は朝から快晴で、風は陸から1m/s程度と絶好の飛行日和となった。


 模擬空中戦は、先鋒・中堅・大将の3番勝負だ。宇宙軍・ロシア軍は先鋒:ユーリア/中堅:高矢/大将:安馬野の順だ。陸海軍は、先鋒:東(あずま)少尉(陸軍)/中堅:加藤中尉(陸軍)/大将:源田大尉(海軍)となった。


 源田が大将になったのは、階級が一番上だったからだ。前日までの加藤中尉との模擬戦は、5勝5敗の引き分けだった。


 ――――


 会場に天皇が到着された。そして、用意された玉座に腰をかける。


 陸軍と海軍からも、大将や中将と言った将官が複数来ていた。


「先に、後ろをとった方の勝ちとする。間違っても空中衝突をしないように気をつけろ」


 高城少佐が注意事項を述べて、模擬空中戦が開始された。


<先鋒戦>


 東少尉 vs ユーリア・フロロヴァ少尉


 高度800mを対面で飛行し、すれ違った瞬間から開始だ。二機はそれぞれ左右に散開して模擬戦が開始される。


 ユーリアの機体は、左に旋回しながら少し高度を下げて速力を上げ、勢いを付けた後に相手の死角に入ろうとする。しかし、東少尉の機も、運動エネルギーを失わないように高速で旋回をしながら、ひねりを入れて死角に入らせないようにした。


 お互いの技量はほぼ同等のように見える。息が詰まるクロスゲームだ。


「ジャガイモのくせにやるわね!」


 源田と加藤は、目の前で繰り広げられているドッグファイトが信じられなかった。東少尉は、源田と加藤に次いで技量が高い。それもほぼ僅差だ。陸軍航空隊の次期エースと言って過言ではない。その東が互角の戦いを強いられるとは夢にも思わなかったのだ。

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