第100話 模擬空中戦(3)

「源田大尉殿。どう思われますか?」


「さすがロシアのエースパイロットといったところだろう。しかし、女にあの旋回Gが耐えられるのか?」


 1960年代、アメリカでの女性宇宙飛行士訓練に於いて、耐Gや平衡感覚といった項目について、男性宇宙飛行士より良い成績を残した女性がいた。生理学的な研究では、耐G能力に関しては、男女差はないというのがその時の結論だった。(マーキュリー13)


 ユーリアは左上方にひねりながら旋回し、位置エネルギーを蓄えた後速度を上げて降下し、東の後ろを取ろうとする。しかし、上昇した際に速度を落としすぎた。そして、その一瞬の隙を東は見逃さなかった。東は6Gギリギリで旋回をする。速度は390km/h。この機体で、最も舵の効く速度だ。


 ユーリアが反転降下をしようとしたその瞬間、東はユーリアの後ろを取ることに成功した。


「東少尉の勝ちだ」


 無線機から高城少佐の声がする。


 二機は滑走路に戻ってきた。


 機体から降りたユーリアは、東の所に駆け寄る。


「ハァハァ・・あなた・・すごいのね。ハァハァ・・私が負けるなんて思ってなかったわ」


 ドッグファイトは相当な体力を使う。ユーリアは息を切らしながらそう言って、グローブを脱いで右手を差し出す。


 東は言葉に詰まった。母親と妹以外の女性と話をするなど、ほとんど経験がなかったのだ。


「あ、あ、ああ」


 何とかグローブを脱いでユーリアと握手を交わした。それを見ていた他の陸海軍のパイロットは、殺意のこもった妬みの視線を東に送った。



<中堅戦>


 加藤中尉 vs 高矢曹長


 そして中堅戦が始まった。


「一瞬で方(かた)を付けてやる!」


 加藤はすれ違った後、降下しながら490km/hの制限速度まで加速する。そこから限界の6Gギリギリで上昇し、400km/hの速度を確保しながら十分な高度を得て、高矢機の後ろを狙う。一瞬で勝負を決めるつもりだ。


 高矢機は右下方に見える。これで加速を付けながら後ろを取ることができるはずだ。今から旋回して回避しようとしても、もう逃がさない。加藤はそう思った。


 しかし次の瞬間、高矢機は操縦桿を押し急降下にはいる。速度を上げながら、信じられないようなロール機動で加藤の追撃を躱し、機体をひねりながら突然急上昇に移行する。そして、背面飛行から機体をひねり旋回し、一瞬にして体を入れ替え加藤機の後ろを取った。ダイブアンドストームからインメルマンターンを組み合わせたような、芸術的な機動だ。まさに”瞬殺”であった。


「高矢曹長の勝ちだ」


 高城少佐の声が無線機からする。


 加藤中尉は何が起こったのか、全く判らなかった。勝負をしかけた瞬間、高矢機が消えた。いや、急降下に移ったのは判った。しかし、その後の機動が全く理解できなかった。自分が知っている物理法則に、明らかに反している。そして見失い、無線から”負け”を宣告された。


 その模擬戦を見ていた源田は、口を開けたまま呆然としていた。速度は加藤の方が速かった。運動エネルギーを残しつつ、うまく高度も取れていた。加藤の必勝のはずだった。しかし、結果は高矢の勝ちだ。加藤が後ろを取ろうとした瞬間、高矢は異常な機動を見せた。明らかに、パイロットにかかる旋回加速度は6Gを超えているはずだ。我々が超えることの出来なかった6Gを、高矢曹長は易々と超えているのか?


 二機が滑走路に帰ってくる。


 加藤は機体から降りて両膝をついた。敗北にうちひしがれていた。


「源田大尉殿。申し訳ありません。ふがいない姿を見せてしまいました・・・」


 源田はかける言葉がなかった。


「では、次は大将戦だ」


 今のところ一勝一敗。大将戦で負けるわけには行かない。源田は強くそう思うのだが、どうしても、聞いておきたいことがあった。


「安馬野少尉。先ほどの模擬戦で、高矢曹長の機の機動はすさまじかった。宇宙軍のパイロットは何Gまで耐えることができるのか教えてもらえないだろうか?」


「最低でも7Gです。私は15秒程度なら7.5Gまで大丈夫です」


 源田は息をのむ。自分がどうしても超えることの出来なかった6Gを軽々と超えているというのか?


 そして大将戦が始まる。


 相手が7G以上に耐えられるのであれば、巴戦になると勝ち目はない。しかし、一撃離脱をしようにも、お互いの位置が判っているのであれば、奇襲の様なことは無理だ。いくら考えても、考えがまとまらない。


 お互いの機がすれ違い、模擬戦が開始される。源田は、すれ違ってすぐに旋回を始め、先手で安馬野の後ろを取ろうとした。


「うぐぐぐぐ・・・もう少しだ・・・・」


 源田は6Gギリギリで旋回をする。そして、腕に力を入れてもう少しだけ操縦桿を引く。


 ビービービー


 コクピット内に6Gの警告音が鳴り響いた。初めての6G超えだ。しかし、相手は7G以上に耐えられる。自分も限界を超えなければ、勝つことは出来ない。


 安馬野機の後方700mに付けることができたが、この距離では後ろを取ったことにはならない。必死で追いかけるが、安馬野機は前方をシザーズ機動でひらりひらりと逃げる。まるで遊ばれているようだった。


「くそっ!このままでは埒があかない!」


 源田がそう思っていると、安馬野機が右下方に旋回を始めた。急旋回で回り込んで後ろを取るつもりだ。


「させるか!」


 源田も右に旋回を始める。安馬野機より旋回半径を小さくすれば内側にはいれる。そうすれば俺の勝ちだ!


 旋回加速度計は6Gを超えて6.5Gあたりを指し、コクピット内は警告ブザーが鳴っている。しかし、源田にはそのブザー音がだんだんと小さくなっていくような気がした。視界もだんだんと暗くなってくる。


「もう少しだ・・・もう少し・・・・・・・・・」


 ついに、源田の意識は途切れてしまった。


 その様子を見ていた高城蒼龍は、源田機の異常に気がついた。旋回していた機が、斜めに傾いたまま旋回を止めて、高度を下げ始めたのだ。


 高城は、源田機の射出座席のリモートスイッチを押した。キャノピーに仕込まれた爆薬が炸裂し、キャノピーを割る。そして、源田は座席ごと空中に射出された。




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