第98話 模擬空中戦(1)

 その日、陸海軍の軍人18名と、新聞記者や政治家ら11名が逮捕された。現役の軍人がスパイ容疑で逮捕されたことは、日本中に大きな衝撃を与えた。しかし、今回逮捕されなかったスパイも居た。彼らは胸をなで下ろし、今後は、より細心の注意を払って活動しなければと思う。意図して泳がされている事には気づかない。


 ――――


 そして一週間後、茨城県鹿島にある宇宙軍飛行場に源田実らが集まった。


 北浦と太平洋の間に設置され、東西方向に1,400mの滑走路を持ち、宿泊施設や訓練施設が併設されている。


「これが、宇宙軍で使用している九十一式高等練習機です」


 高城は、6機の九十一式高等練習機の前まで皆を案内する。


 機体は、21世紀のエアレースに使われているエクストラ EA-300の復座仕様をベースに、一回り大きくしたものだ。安全のため、射出座席が装備されている。


 ※射出は、外部からリモートでも行うことができるようにしている。


「安馬野少尉、高矢曹長、あとは頼む。二日後の午後に、また来る」


 高城は、安馬野と高矢に後を任せて東京に戻った。


 ※高城蒼龍と結婚して高城和美になっているが、軍ではそのまま安馬野姓を名乗っている。


 高矢曹長が機体の説明をする。


「この機体の旋回制限は10Gです。でも、6Gで警告音が鳴るようにしているので、それ以上は無理をしないで下さい。水平での最高速度は400km/h、限界速度は490km/hです。急降下をすると、すぐに限界速度を超えるので注意をして下さい」


 機体は、鋼管パイプのトラス構造にジュラルミン外板、エンジンは水平対向6気筒10L排気タービン付きで470馬力のものを搭載している。上昇限度は5,000m程度なので、酸素ボンベはない。


 ※翼面積を小さくしているため、それほど高度は取れない。


 陸海軍の要望で、習熟飛行に3日間、そして4日目に模擬戦が行われることになった。しかも、模擬戦には天皇がご臨席されることが決まった。いわゆる、“天覧試合”というやつだ。いやが上にも気合いが入る。


「これが飛行帽です。一度かぶってみて、大きさを確認してください」


『・・・これが飛行帽?』


 渡された飛行帽は、今まで見慣れた革製ではなく、セルロイドの様なもので出来ていた。そして、無線のインカムの操作方法を教えてもらう。


「整備兵は男なんだな。パイロットで男は居ないのか?女が相手じゃ、手を抜いてやらないとな」


 陸軍のパイロットがバカにしたように言った。


 安馬野少尉は“マン島レースでも同じようなことがあったかしら”と思う。


「宇宙軍設立の時に入ってきたのが、女子ばっかりだったので仕方がありません。今は、男子の訓練生も増えてきましたけど、まだ育成途中なので。物足りないかもしれないけど、我慢して下さい」


 安馬野少尉が答える。高城(夫)から、“陸海軍の連中から失礼な事を言われても、我慢してちゃんと対応してやれ“と強く言われていた。


「前席(教官席)には私が乗ります。源田大尉は操縦席にどうぞ」


 ※九十一式高等練習機は、前席が一段低くなっており教官席になっている


 安馬野と源田は九十一式高等練習機に乗り込み、エプロンを出て滑走路に進入する。


「では、大尉。スロットルを100%にして発進して下さい」


 源田がスロットルを開けると、エンジンが激しく唸りを上げ、機体はみるみるスピードを上げていく。そして、130km/hに達したので操縦桿をゆっくり引いた。


 機体はすっと浮き上がる。風防が密閉型なので、実際の速度よりも低速に感じているようだ。


 一通り操縦方法をレクチャーしたので着陸する。そして次は陸軍の加藤中尉の番だ。さすが海軍と陸軍のエースと言われるだけあって、九十一式高等練習機の操縦も難なくこなした。


 今日を入れて三日間、彼らに任せて自由に習熟飛行をしてもらうことになった。


 ―――


 一日目が終わり、陸軍と海軍のパイロットが夕食をとりながら、話しをしている。


「源田大尉殿。九十一式高等練習機はどうでしたか?私は、こんなにも洗練された形の航空機は初めて見ました。旋回性能も優秀ですし、しかも、400km/hもの速度がでるのであれば、すぐにでも戦闘機として使いたいくらいです」


 陸軍の加藤中尉が、興奮気味に源田大尉に話す。この当時の陸軍の戦闘機は、最高速度が350km/hの複葉機だった。お世辞にも高性能とは言い難い。


「そうだな。しかし、高矢曹長が言うには、これ以上積載量を増やすことは出来ないので、機銃も積めないし、航続距離も伸ばせないとのことだったな。練習機として割り切っているので、これだけの速度が出せるようだ。しかし、宇宙軍の航空技術がこれほどまでとはな」


「あの練習機を一回り大きくして、制空戦闘機を製作できないものでしょうか?」


「参考になるとは思うが、機体を大きくすれば速度や運動性が下がってしまう。それを補うためにエンジンも高出力化しなければならないが、搭載されているエンジンは、あれ以上は難しいそうだ。戦闘機用の中島の寿エンジン(陸軍ではハ1エンジン)はかなり大きいので、少々の設計変更では無理だろうな。陸軍のベ式発動機なら載るかもしれないか」


「陸軍に帰ったら、是非検討をお願いしてみようと思います。もし、九十一式の速度と旋回性を持った戦闘機が出来れば、世界一の戦闘機になりますね」


 加藤は興奮気味に、新型戦闘機を妄想する。しかし、イギリスでは翌年にマーリンエンジンが完成し、さらにその1年後には、最高速度が500km/h以上のハリケーンとスピットファイアが初飛行をする。かたや日本では、同じ年に最高速度400km/hの九五式戦闘機と、最高速度450km/hの九六式艦上戦闘機の初飛行がやっとであった。


 こうして、一日目が終了した。

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