第96話 情報開示(2)

「そ、そうか。では、どうやって水平線の向こうの敵に当てることが出来たのか、教えてもらえないか?」


 山本少将が、丁寧に問いかける。天皇がご臨席と言うこともあり、相当に気を遣っていることがわかる。


 その質問に対して、高城は天皇に視線を向けた。そして、天皇は高城の視線に対して頷く。


 まさに、以心伝心を形にしたような仕草だった。そこに居た将官達は、高城に対して“嫉妬”の炎を燃やした。たまたま陛下と同級生と言うだけで特別扱いを受けるなど、許せないと、皆が思う。男の嫉妬というものは醜い。


「はい、“電波探信儀”、宇宙軍では“レーダー”と呼称しておりますが、これによって敵艦との方位と距離を計測しております。そして、その計測結果を基に砲撃をするので、着弾観測をする必要もありません。命中率は、距離30,000mで10%から20%です」


「すごい」「おお」「やはりそうか」などの声が上がる。


 艦砲の命中率は、距離や条件にも依るが20,000mで1%を切る程度だ。それが、30,000mで10%から20%ということは、主砲が8門の長門であれば、一斉射か二斉射で命中弾を出すことができる。この事に、皆驚愕する。


 皆の中で、小沢治三郎だけが渋い顔をしていた。小沢はちょうどこの頃、夜戦について研究をしており、今後の艦隊運用の基本戦略の一つに組み込もうと努力をしていたところだった。しかし、日本だけレーダーを持っていれば良いが、新技術は数年で知れ渡ってしまうものだ。敵にもレーダーが普及すれば、昼だろうが夜だろうが関係なくなってしまう。


「やはりそうだったか。では、航空機も発見できるのか?」


「はい、航空機であれば、相手の高度にも依るのですが、200km程度の範囲で探知できます。海上の艦船に対しては、概ね40kmほどの探知距離になります」


 会場がざわつく。敵航空機を200km先で見つけることができる。本当にそんなことが可能なのだろうか?と。


「そうか。すごい技術だな。その“レーダー”を海軍の艦艇にも搭載することは可能か?」


 海軍の軍人達は、期待の光をその眼にのせて高城を見る。この技術があれば、世界最強の海軍を作ることができる。海戦の歴史を日本が変えるのだ。


「はい、可能か不可能かで言えば可能です。しかし、現時点でレーダー技術の開示は出来ません」


 一同、表情がこわばる。宇宙軍が秘匿にしていることは理解してるが、ここまで“出来る”事を公開しておきながら、肝心の技術を提供できないとは・・・。目の前のご馳走を、箸を付ける直前に奪われたようなものだ。


「なんだとーーー!開示できぬとはどういう了見だぁっ!」


 机を拳で激しく叩きながら、一人の海軍軍人が立ちあがり怒鳴った。海軍大学校の宇垣纏大佐だ。


 会場は静まりかえる。立ち上がって高城をにらんでいた宇垣大佐は、すぐ横に座っていた山本少将からの強い視線に気づく。


 山本少将の視線と表情は“それはまずいよ。宇垣”と言っていた。


 “はっ”と我に返って、天皇の方をおそるおそる見る。そこには、冷たい視線をこちらに向ける天皇の姿があった。


「陛下っ!大変申し訳ありません!こ、この宇垣、興奮のあまり言葉を荒げてしまいました!」


 宇垣は天皇に最敬礼をしたまま動かない。顔には脂汗が浮かび上がっていた。


「よい、宇垣。何故出来ぬかは朕が説明しよう」


 天皇が直接皆に説明するという。そんな手間をとらせてしまった宇垣は、最敬礼をしたまま、動くことが出来なくなってしまった。


「レーダー技術は英国もアメリカも研究をしている。その水準までの技術開示は朕が許可しよう。しかし、敵の位置を把握して、それに照準を付ける技術には、ある特殊な“機械”を使わなければならない。これは、絶対にアメリカやドイツに流出してはならないのだ」


 コンピューター技術が流出してしまっては、科学技術の急激な進歩を促してしまう。もし、それによって核兵器や弾道ミサイルの開発が進んでしまっては、大変な事になってしまう。


「陛下。質問をお許し下さい。その機密情報の駆逐艦が、ロシアに提供されているのは何故でしょうか?」


 海軍大臣が天皇に質問をする。本来、天皇に質問をする事は、大変な不敬にあたることだが、大臣としてはどうしても確認をしなければならなかった。


「駆逐艦の乗組員のほとんどは、宇宙軍からの出向者だ。それに、有馬公爵がロシアの情報機関を統括しているので、そこは信頼できる」


 天皇のその言葉に、陸海軍の軍人達は眉根を寄せる。同級生の有馬公爵の事は信頼できて、陸海軍のことは信頼できないのかと。


 天皇は、軍人達の表情の変化を見逃さない。


「何故、ロシアは信頼できて陸海軍は信頼できないのかと思っているのだな。では、陸軍大臣と海軍大臣の二人だけ、別室に来てくれないか?他の者たちは、少し休憩としよう」


 大臣二人と、天皇と高城が別室に移動する。


 ――――


 別室に移動した大臣二人の前に、高城が分厚いファイルの束を持ってくる。


「陛下。これは?」


「これは、ロシアのKGBが調べた、日本軍内部にいるソ連のスパイに関する情報だ。内偵には、宇宙軍の特殊機関も協力している」


 大臣二人は、目の前に置かれたファイルを恐る恐る開いてみる。そこには、スパイのリストと証拠のコピーがびっしりと詰まっていた。盗聴の録音からの書き起こし、誰といつ密会したかの調査記録、隣の部屋からコンクリートマイクで録音した会話の内容などだ。中には、コミュンテルンからの指示文書を燃やした残りかすもあった。相当に地道な捜査をしたことが窺い知れた。


「へ、陛下・・。これは本当なのでしょうか・・?」


 リストの中には、佐官も多く含まれている。軍の中堅を担う重要な人材だ。大臣はガクガクと震えていた。幸いにも、今日の会議に来ている者の中に該当者はいなかったが、こんなにも汚染が浸透しているとは・・・。


「内偵資料も全て読んで、本当だと判断した。これで判っただろう。何故、今の陸海軍に重要な情報を開示できないかを。今日は途中退席をして、すぐにそのリストにあるスパイの摘発準備を行ってはくれまいか?そのリストに連なる政治家や新聞記者などの摘発は警視庁の方で、本日20時から一斉摘発をする。その時間に合わせて軍内部の摘発を行って欲しい」


 大臣二人は、顔を真っ青にして立ち上がった。陛下に辞去の挨拶をして退出しようとしたときに、天皇が二人に声をかける。


「そうだ。ついでと言っては何だが、この資料も渡しておこう」


 大臣二人はその資料を受け取り、表紙を見て愕然とした。タイトルには「陸軍大臣・海軍大臣ニ関スル情報漏洩調査報告」とある。


 二人はページをめくる。そこには、料亭で話した軍機の内容が事細かく記載してあった。


 高城はその様子を見て、“陛下も意地悪だなぁ”と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る