第90話 クレムリン急襲(2)

 九十二式大型飛行艇は、高度10,000mを時速420kmでモスクワに向かって侵攻していた。雲量は少ない。絶好の爆撃日和だ。


「ユーリア、オープン回線で警告を送れ!“40分後にクレムリンを爆撃する。非戦闘員は待避するように”」


 クレムリンは政府施設だが、軍事拠点ではない。ただ、軍に命令を出す部署であることから、そこへの爆撃は厳密には国際法違反という訳ではないが、一応警告を出す。そこで働いている職員に、罪があるわけではないのだ。


 モスクワに近づくと、ソ連の迎撃機が上がってきた。しかし、ソ連のI-5戦闘機の最高速度は時速300km程度で、上昇限度も7,500mくらいだ。全く脅威にはならなかった。


 さらに近づくと、高射砲の砲撃が始まった。しかし、高射砲弾は飛行艇からかなり離れたところで爆発している。


 この当時、ソ連に配備してある高射砲はM1931 76mmで、到達高度が9,250mまでしかない。この高射砲の真上を通らない限り、損傷を受けることはない。


「クレムリン宮殿を補足。このまま目標の直上に侵入します。距離25,000m」


 双眼鏡で索敵をしていた、コパイロットのユーリアが報告をする。


 と、その時、リリエルが心に話しかけてきた。


「あ、あれは、やばいわ・・・・。あそこにいるのは、普通の悪魔じゃない・・・・・。ね、ねぇ、引き返しましょう・・・・」


 リリエルが怯えきっている。スターリンも悪魔に影響されたと言っていたが、どうやら強力な悪魔が憑依しているようだった。


「そんなに、危険なのか?」


「この波動は、前のアルマゲドンで覚えがあるわ。あれは、アザゼルよ。あいつの波動が強すぎるから、この距離でもわかるの。私の波動は小さいから、多分、まだ気づかれてない。今なら間に合う。引き返しましょう!」


 高城蒼龍は考える。リリエルの様子を見る限り、確かに危険な悪魔なのだろう。しかし、空気の薄い上空では、旋回半径も大きくなってしまい、結局クレムリンの上空近くまで達してしまう。それなら、クレムリンの上空を通過して、そのまま突っ切り、距離をとってから旋回した方が良いのではないだろうか?


「いや、このまま全速で直進する。リリエルは、できるだけ気づかれないように、波動を小さくしておいてくれ」


 ――――


「距離15,000!」


「投下!」


 クレムリン宮殿から15,000mの地点で、1,000kg有線誘導爆弾が投下される。この爆弾には小さな翼がついており、母機から投下された後滑空しながら目標に向かっていく。照準器で目視しながらコントローラーで誘導する為、命中率は爆撃手の能力に、大きく左右される。


 レーザー誘導弾や、無線誘導弾も実用の域に達していたのだが、投下した後に、万が一にも半導体が敵の手に渡らないように、今回は有線誘導弾を選択した。


 7機の飛行艇から、合計14発14トンの爆弾が投下された。


 軽くなった九十二式大型飛行艇は“ふわっ”と一瞬浮き上がる。


「全機、12,000mまで上昇」


 爆弾は目視で誘導されながら、確実にカザコフ館(共産党書記長の執務室がある)に落ちていく。これで、スターリンを殺害することができれば良いが、おそらく地下壕に避難しているだろう。


「よし、命中だ!」


 誘導弾は、クレムリン宮殿にあるカザコフ館に次々と着弾する。1,000kgのRDXの爆発はすさまじい。一発の爆発で、建物が大きく吹き飛ぶ。それが14発だ。


 クレムリンには、1400年代後半から建築された、歴史的な建造物が多く残っていた。アナスタシアには申し訳ないなと思うが、安馬野をあんなにも泣かしたヤツを許すことはできない。


 ――――


 クレムリンでは、爆撃機隊からの警告通信を受信したが、クレムリンの外への避難指示は出なかった。爆撃された後、すぐに消火活動をするためには人手がいるからだ。共産圏において人の命は、紙切れ一枚程度の重さしかない。


「建物の中に避難しろ!できるだけ中の方にだ!」


 クレムリンは蜂の巣をつついたような、大騒ぎになっていた。スターリン用の地下壕はある。しかし、一般職員用の壕などは無い。


 そして、最初の一発が着弾する。カザコフ館の屋根を突き破り、内部で爆発した。1,000kgのRDXの爆発はすさまじかった。その一発で宮殿の一角は吹き飛び、中央ドームの屋根飾りが宙を舞う。


 そして、次々と着弾していった。狙いは正確に、カザコフ館に集中した。


 14回の爆発が起こった後、カザコフ館はこの世界から完全に消滅していた。


 爆発が収まったことを確認して、他の建物から職員達が出てくる。人々はその惨劇を見て、立ち尽くす。そこら中に、カザコフ館の残骸と共に、そこで働いていた職員だった人たちの“部品”が散乱している。皆、共産主義の理想に燃えて、労働者と農民の為のユートピアを作るために勉強をして、クレムリンに採用された優秀な人たちばかりだった。ソ連は、世界で最初に男女差別を無くした国の一つだ。そして、クレムリンにも、大学を出たばかりの若い女性達が多く働いていた。しかし、その彼女たちの多くが、ただの肉片に変わってしまった。


「ちくしょー!帝国主義の連中め!必ず滅ぼしてやる!復讐してやる!」


 生き残った職員は、帝政ロシアと日本に対して憎悪の炎を燃やすのだった。


 ――――


「ヨシフよ。無様だな」


 スターリンの心の中で、悪魔がささやく。


「う、うるさい。永遠の命を持つお前にはわからぬのだ。くそっ!こうなったら日本ロシアと全面戦争だ!やられる前にやってやる・・」


「止めておけ。今はまだ力を蓄えるときだ。いま対決すれば、おまえは四肢をズタズタに裂かれ、生きたまま業火に投じられるだろう。約束の刻まで7年ある。それまで力を蓄えるのだ。お前は、俺の言うことを聞いていれば、世界の半分を手に入れることができる。努々(ゆめゆめ)忘れるな」


そう、あと7年。ドイツにいる”あのお方”が、国を掌握し力を持つまでは、この男に死なれては困るのだ。



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