第88話 国連緊急安全保障会議

 連合艦隊は、ウラジオストクから60kmの海上に布陣した。そしてそこに、合流が遅れていた空母赤城と加賀が到着する。


 攻撃はまだ行わない。現在、政府が外交ルートを通じて、ソ連に対し停戦勧告を行っている。


 ・黒海に於いて救国援助艦隊を攻撃したことを公式に謝罪し、再発の防止を約束する。

 ・ロシア帝国に対して砲撃したことを公式に謝罪し、再発の防止を約束する。

 ・ウクライナ地方への国際社会による食料援助を認め、援助使節の保護を約束する。

 ・ソ連政府はウクライナ地方からの食料収奪を直ちに中止し、現地に対して食料を供給する。


 以上が、ソ連に対する停戦勧告の内容だ。


 停戦勧告と言っても、極東の海上に於いて日本に対抗できるだけの戦力は無い。実質の脅迫である。停戦勧告を受諾しないのであれば、ウラジオストクを灰燼に帰すと通告した。


 当時のウラジオストクはソ連軍の管理下にあり、民間人の進入が制限されていた。ウラジオストクでは、軍人と軍属、それにその家族が主な住人だった。


 また、戦艦扶桑・山城・榛名・伊勢の4戦艦を中心とした艦隊を、ヨーロッパに派遣することを世界に発表した。この欧州派遣艦隊の目的は、サンクト・ペテルブルク(当時レニングラード)の“軍港”とバルト海海軍(バルチック艦隊)壊滅にあると宣言する。


 スイス ジュネーブ国際連盟本部


 安馬野少尉とフロロヴァ少尉が救出した少女の写真と、その証言が各国大使に配られる。また、現地で撮影された、掘り起こされた墓の周りに散乱する骨、民家の台所で、明らかに調理されたであろう人間の骨などの写真が配布される。これらの写真は、あまりにも衝撃が大きいと、新聞の紙面への掲載が見送られた物ばかりだ。


 それを見て、各国大使は一様に眉根を寄せる。


「これが、今現在ソ連に於いて行われている大虐殺の実態です。農民から食料を取り上げ、移動を禁止し、餓死することを待っています。この20世紀の世の中で、こんなにも非人道的なことが行われて良いのでしょうか!?国連加盟国の皆さんは、この現実を放置してもよいのでしょうか!?」


 日本の国連大使は、感情を込めて演説をする。


「我が国とロシア帝国は、独自に食料の空輸作戦を行っております。しかし、ソ連はそれを妨害するために、黒海艦隊で攻撃を仕掛けてきました。それが撃退されると、事もあろうにロシア帝国本土を砲撃したのです。この砲撃で、10人の罪のない民間人と、8人の軍人が死亡しました。我が国の軍事行動は、この非道な行いから同盟国を守るための防衛行動であり、国際連盟規約および、パリ不戦条約に何ら違反する物ではありません」


 続いて、イギリス大使が発言する。


「我が国も日本の立場を支持します。ソ連の行っていることは、あまりにも非道!このような行為を、神がお許しになるはずがありません。ソ連からの穀物の買い入れを禁止し、ソ連に対して工作機械、エンジン、航空機、そして、武器輸出の禁止を提案します。また、英国艦隊は制裁が守られているかを確認するために、バルト海に戦艦群を中心とした艦隊を派遣します。ソ連の港を発着する船舶は全て臨検します」


 ソ連が、ウクライナへの食糧供給と、国連および国際赤十字による調査を認めるまで、制裁を科すことが、国連安全保障会議にて決議された。


 ただし、国連に加盟していなかったアメリカは、この国連決議に対し「尊重する」とだけコメントを発表する。当時、アメリカからは工作機械や自動車・トラクターといった工業製品がソ連に対して輸出されていたのだ。政治家の一部は、ソ連に対して制裁をするべきと強硬に主張したが、国内産業にとってマイナスになることは、政府としてはできるだけ避けたかった。


 これに対しアメリカ国内では、ソ連に対する制裁を行わないフーヴァー大統領への、ネガティブキャンペーンが大々的に行われた。それを誘導したのは、もちろんリチャード・インベストメントグループだ。


 連日、新聞の全面広告にスターリンとフーヴァーが、ウクライナの少女を調理してニタニタ笑いながら食べるイラストや、ホワイトハウスの屋根を人間の骸骨で飾ったイラスト、人間の革でできた財布に大金を入れている、ソ連と貿易をしている実業家のイラスト等が掲載される。さらにリチャードは、ハリウッドスターに大金を渡し、ウクライナの農民を救うように発言させた。現代で言う“ステルス・マーケティング”だ。


 こうして、明確に制裁には参加しないが、アメリカは実質制裁相当の貿易制限をせざるを得なくなった。


 しかしこの事は、フーヴァー大統領(共和党)の失墜と同時に、民主党のルーズベルト政権の誕生を、強く後押ししてしまうのだった。


 ――――


 黒海 救国援助艦隊


「安馬野少尉。少し休まれた方が良いのではないですか?」


 高矢曹長が心配そうに、安馬野に話しかける。


「大丈夫よ。ちゃんと非番の時には休んでるわ」


「でも、食事もあまりとられてはいないようですし・・」


 安馬野はあの偵察から帰ってきてから、食事もあまり喉を通らず、睡眠もとれていない。


 このままでは事故の発生も懸念されるし、何より安馬野の体が心配だと高矢は思った。


「こんなにも弱かったとはね・・・」


 安馬野は自室に帰ってため息をつく。パイロットには輸送船に個室が割り当てられている。シングルサイズのベッド(通常はシングルの半分程度の大きさ)に、報告書を書くことができる程度のデスクもある。他の兵士に比べると、相当優遇されてはいるが、ほとんど寝付けなかった。


 それから数日後、増援の九十二式大型飛行艇7機が到着した。出迎えのために、安馬野達は正装に着替えて、駆逐艦の甲板で待機をする。そして、7機の飛行艇が海面をゆっくり進んで駆逐艦に近づいてきた。と、その時、安馬野はとうとう意識を失い倒れてしまった。


 ――――


 安馬野はゆっくりと目を開ける。


『ここは・・・・・。そういえば、増援部隊の出迎えは、どうなったんだっけ・・・・・』


 記憶が混乱する。


『増援部隊を出迎えるために、甲板に出た後・・・・。あれ?記憶が無い・・・』


「安馬野。起きたか?」


 すぐ傍らから声がした。高矢曹長やユーリアの声じゃない。男性の声。しかも、その力強くも心地よい声は・・・


「た、高城大尉!!」

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