第82話 日露安全保障条約(1)

 ドーーーン!!


 艦全体が命中弾の爆炎に包まれる中、戦艦パリジスカヤ・コンムナの305mm三連装主砲が発射された。敵に正面を向けているので、使用できる砲塔は第一砲塔だけだが、これで一矢報いることができるかもしれない。だれもが、何とか当たってくれと願う。


 しかし、照準もせずに撃った大口径砲など、決して当たることは無い。


 その間にも、次々と戦艦パリジスカヤ・コンムナに命中弾が増える。既に命中弾は15発を超えていた。しかし、戦艦はその攻撃に耐えていた。


「さすが戦艦と言いたいところだが、このままではいずれやられるな・・」


 黒海艦隊司令のクリドフ中将がそう考えている最中、ついに、その一発が艦橋の天蓋を撃ち抜いた。


 ドバーン!


 艦橋の天井に穴が開き、そこから超高温高圧の爆風と共に、溶けた金属粒が艦橋内に飛び散る。近くにいる人間を殺傷するには十分な威力だった。


 艦橋にいた人間は、全員倒れ伏していた。クリドフ中将は、なんとか立ち上がり、生存者を探す。幸いにも、政治将校はそこに仰向けになって燃えていた。


「艦長!艦長は無事か?だれか、無事な者はいるか?」


 しかし、うめき声は聞こえるが言葉が返ってくることは無かった。


 その間も、次々にロシア艦隊からの攻撃が命中する。


 そしてついに、第一主砲の天蓋が破られ、砲塔内で火災が発生した。


 ドーーン!


 第一砲塔の基部が大爆発を起こし、砲塔が斜めに傾く。しかし、戦艦パリジスカヤ・コンムナは速力を落とすことも無く前進を続けた。艦橋が被弾したため、艦内にいる兵士には何の指示も届かない。


 そして3kmほど進んだ所で、


 ドッゴッーーーン!!


 すさまじい爆発と共に、戦艦パリジスカヤ・コンムナは轟沈した。火災が艦底部の弾薬庫まで広がったのだ。


 着弾観測をしていた安馬野は、戦艦から同心円状に広がっていく衝撃波が、海面の色を変えていく様を見る。そして、10km以上離れた上空にも、その衝撃波は伝わってきた。


 しかし、旗艦が轟沈したにもかかわらず、ソ連軍駆逐艦は侵攻を止めない。


 ――――


「ソ連の駆逐艦はまだ近づいてくるのか?」


 敵が攻撃を諦めないのであれば、もう、どうしようもない。


「弾種徹甲榴弾!敵駆逐艦を殲滅する!撃て!」


 最後の戦いはあっという間だった。距離が20km程度の海上目標になら確実に当てることができる。ソ連駆逐艦は次々に被弾し、爆炎と共に沈没した。


 ――――


「セバストポリの黒海艦隊司令部に送れ。“黒海艦隊全艦殲滅セリ。生存者アリ。救援ハ任セル。救援部隊ニハ攻撃ヲシナイ”」


 ロシア艦隊のセルゲエンコヴァ少佐はソ連の黒海艦隊司令部に対して、国際オープン回線で送信する。連中が救援を差し向けるかどうかは判らないが、とりあえず人道的配慮というやつだ。


 この日、ソ連軍は戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦12、潜水艦6が轟沈、巡洋艦3大破、航空機24機撃墜、戦死行方不明3,200名、負傷者600名の大損害を出した。


 そして、この事に、スターリンは激怒するのであった。


<クレムリン>


「黒海艦隊が全滅だと!」


 スターリンはクレムリンの執務室で、不愉快な報告を受けて机を叩いた。


「帝国主義者どもは駆逐艦がたったの6隻だろう!なぜこんなことになった!」


「同志スターリン。申し訳ありません。黒海艦隊の司令官は、帝政時代から海軍軍人だったため、想定以上に無能だったのかもしれません。戦艦も巡洋艦も帝政時代の物なので、性能的にも劣っていたのだと思われます」


 中央委員会組織局委員のエジョフは、負けたのは、あくまで帝政時代の遺物を使っていたからだと論理をすり替える。


「同志エジョフ。なるほど、やはり、帝政時代の悪弊は、すべて粛正した方がよいか・・。しかし、このまま引き下がるというわけにはいかない。ハバロフスクの沿岸砲を使って、サハリンの帝政ロシアを攻撃するのだ。攻撃を止めて欲しければ、黒海から撤退するように“要求”するのだ。」


「同志スターリン。しかし、帝政ロシアは日本と安全保障条約を結んでいます。もし、日本が出てきた場合は、収拾が困難になるのではないかと・・」


「同志エジョフ。日本が怖くて正義を行えないというのか?同志は共産主義の理想をよくわかっていないのではないのか?」


「同志スターリン。そ、そのようなことはありません。すぐに実行させます!」


 --――


 ハバロフスクのマカロフカとラザレフ近郊にある沿岸砲陣地に、サハリン(樺太)を攻撃するよう指示がでる。


 設置されているのは152mmカノン砲だ。最大射程は17,000mほどある。これを3メートル厚のコンクリートで覆ったトーチカの中に設置してある。ソ連とロシアを隔てる間宮海峡の最狭部は7,000mほどなので、ある程度の集落や拠点が射程圏内に入る。


 攻撃目標は“サハリン”とだけで、サハリンのどこを攻撃するなどの指示は無かった。現地司令官は“なんとおおざっぱな・・・”とも思ったが、疑問を挟んでラーゲリ送りにされては大変なので、事前に調査していた集落や砲兵陣地に向けて射撃を開始した。


 ※ラーゲリとは、シベリアの収容所のこと


 ――――


ドゴーーン!


 北樺太のロシア西岸地域の集落では、夕飯の支度をしている所だった。そこに、突然ソ連側から砲撃が加えられたのだ。


「みんな!防空壕に入れ!すぐにだ!」


 村人は近くの防空壕に逃げ込む。樺太では、ソ連の攻撃に備えて、ほとんどの集落に強固な防空壕が建設されていた。


 同時に、ロシア砲兵陣地も攻撃を受ける。


 ロシア側の砲兵陣地も、強固なトーチカに守られているのだが、兵舎などは普通のレンガ造りだったため、突然の砲撃によって被害が発生してしまった。


「カペーエフ!しっかりしろっ!誰か一緒にカペーエフを防空壕まで運んでくれ!」


 突然の砲撃で、多くの兵士が倒れていた。中には、明らかに死亡している者もいる。


「くそったれ!赤軍の連中!ゆるさねーぞ!」


 ――――


 ソ連からの突然の攻撃を受け、ロシア皇帝アナスタシアは国民に向けて緊急演説をする。


 そして、日露安全保障条約の発動を要請したのだ。

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