第81話 ホロドモール:艦隊決戦(3)

 ドガーン!ドガーン!


 突然、巡洋艦カフカースから爆発が発生する。周りの海域には至近弾の水柱が多数上がった。しかし、第一次攻撃より爆発が小さく、命中弾も少ないようだった。


「第二次攻撃か!?しかし、さっきより爆発が小さいな」


 と、その瞬間、巡洋艦カフカースの第一砲塔が激しい爆発と共に宙に舞った。どうやら着弾した弾は、主砲塔の天蓋を突き抜けて、内部にあった薬嚢(火薬の詰められた袋)を誘爆させたようだ。


 着弾した成形炸薬弾は、正確には弾自体が装甲を貫いたわけでは無い。着弾と同時に特殊形状の火薬が炸裂し、そこで生成された超高速高圧の爆発エネルギーが、毎秒8kmの速度で一点に向かって突き進むのだ。そして、その爆発エネルギーによって、分厚い装甲に穴を空けることができる。突き抜けた超高温の爆風は、内部を破壊し火災を誘発する。


 巡洋艦4隻は、もう作戦行動はとれない。と、その時、


 ドガーン!ドガーン!


 戦艦パリジスカヤ・コンムナの前部甲板と艦橋の根元から爆炎が上がった。周りの海面からは至近弾の水柱が立っている。


「くそっ!袋だたきに遭っているのはこっちじゃ無いか!!」


 戦艦パリジスカヤ・コンムナは2発の直撃弾を受けた。1発は第一主砲前の甲板に、そして、もう1発は艦橋前部の付け根付近だ。


「被害報告をしろ!」


「兵員居住区で火災発生!主砲や弾薬庫への被害はありません!」


「しかし、攻撃を受け続けるといつかはやられるぞ・・」


 ドッゴッーーーン!!


 今までとは比較にならない大爆発が、巡洋艦カフカースで発生した。その衝撃波によって戦艦パリジスカヤ・コンムナは激しく振動する。


 巡洋艦カフカースはすさまじい爆炎を上げて、船体が真っ二つに折れた。第一主砲が爆発した際の火災で、隣の第二主砲か、砲塔下部にあった弾薬庫に引火したのだ。


「駆逐艦ジェルジンスキーは生存者の救助にあたれ!」


 艦隊司令のクリドフ中将は、作戦を続行するべきかどうか悩んだ。第一次攻撃は127mmの徹甲榴弾。第二次攻撃はおそらく成形炸薬弾だろう。この戦艦パリジスカヤ・コンムナでも、いつまで堪えられるかわからない。しかも測距儀もやられているので、たとえ敵を発見できても正確な照準などできない。


「撤退だ。全艦回頭し、セバストポリに戻る」


 クリドフ中将は撤退を決断する。見えない距離からの正確な射撃。これではどうやっても勝つことはできない。苦渋の決断だが、撤退もやむを得ない。


「同志クリドフ。待ちたまえ。まだ駆逐艦が12隻とこのパリジスカヤ・コンムナも健在では無いか。これで撤退など、同志スターリンと党に対する背信行為だな」


 艦橋の一番奥にいた男が司令に話しかける。共産党から派遣されている指揮官政治補佐(政治将校)だ。


 当時のソ連は、ソ連軍(赤軍)の監視のため、共産党中央から指揮官政治補佐(政治将校)を派遣していた。政治将校は、作戦には口を出さないという建前だが、一方で、軍を指導するという役目もあったため、たびたび“二元統帥問題”が発生していたのだ。


「政治補佐官殿。しかし、巡洋艦は全て作戦不能です。まだ敵を視認もできていないのですよ。これではいたずらに兵を死なせるだけです」


「だからどうしたというのだ?同志スターリンは敵の殲滅を命令された。これは全人民の戦いである。駆逐艦の速度で全力突撃させれば、10分ほどで視認できる距離までたどり着けるだろう。それとも、シベリアで再教育を受けたいのか?」


 いけ好かないやつだ。こいつら政治将校のせいで、何人もの優秀な軍人がシベリア送りにされた。そして、誰も帰ってきてはいない。こんなことをしていて、本当に我が国は大丈夫なのだろうか・・・・


 それは苦渋の決断だった。


「救助にあたっている駆逐艦ジェルジンスキー以外は、全艦突撃だ!敵を視認できたら各艦の判断で撃滅を許可する!」


「何を言っている?駆逐艦ジェルジンスキーもだ。敵を殲滅した後に救助すればよいだろう」


 ――――


「巡洋艦1隻の轟沈を確認。他の巡洋艦3隻も速力を落としています。駆逐艦12隻と戦艦は依然健在」


 安馬野は淡々と現状を報告する。


 これで引き返してくれれば良いのだけれど・・・・


「!!!敵艦隊、駆逐艦12隻が増速して侵攻してきます。戦艦も、巡洋艦を見捨てて侵攻するようです!」


 ――――


 ロシア艦隊のセルゲエンコヴァ少佐も、レーダーで敵艦隊の動きを把握していた。


「巡洋艦を見捨てて特攻か?仕方が無い。まずは戦艦を止める!全艦主砲発射!」


 6隻の駆逐艦は、一斉に発砲を開始した。それは、無慈悲な攻撃であった。


 ――――


「敵艦はまだ見えないのか!」


 艦橋上部の観測所に兵士を行かせて索敵をさせている。元々ここに居た観測員は、敵の攻撃を受けてほとんどが死亡していた。辺りには、死体や肉片が放置されている。しかし、そんな状況でも、使命を帯びた兵士はじっと双眼鏡で水平線を見つめる」


「敵艦発見!12時の方向、距離およそ25,000m!」


 伝声管が壊れているので、艦橋まで伝令を走らせる。


「発見したか!第一主砲発射だ!12時の方向、距離25,000!」


 艦長のエルマコフ大佐は、主砲の発射を命令する。やっと敵を発見できたという喜びはあるが、測距儀も無い状態で発砲しても、命中することなどあり得ないのだ。


 しかし、その時、


 ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!


 戦艦パリジスカヤ・コンムナに命中弾が炸裂する。距離が縮まったため、命中率が向上しているのだ。


「ひるむな!このまま前進だ!」


 ソ連艦隊は、絶望へ向かって進軍する。

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