第80話 ホロドモール:艦隊決戦(2)

「やはり引き返さないか・・・残念だ・・・」


 セルゲエンコヴァ少佐は下唇を噛む。


 何故邪魔をする?我々は餓死しようとしている人たちを救いたいだけなのだ。それなのに、何故、お前達はそれを妨害し、我々を殺そうとするのだ?


「目標は一番左の巡洋艦だ!全艦5発発射後、順番に目標を一つ右の巡洋艦に移して5発ずつ発射するぞ!あと、3・2・1  撃て!!」


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 6隻のロシア駆逐艦は5発の徹甲榴弾を発射する。合計30発だ。そして、次の巡洋艦に照準を移して発射する。


「巡洋艦の次は中央の戦艦だ!戦艦には各艦10発撃ち込め!」


 巡洋艦1隻あたり30発、戦艦に対しては60発の徹甲榴弾が発射された。


 ――――


「敵艦はまだ見えないか?」


 戦艦パリジスカヤ・コンムナ艦長のエルマコフ大佐は、マストの観測員に伝声管で問いかける。海面の温度によっては、光の屈折で遠くまで見えるときもあれば、そうでは無いときもある。


「まだ見えません!」


 敵との予想距離は、そろそろ攻撃をかけてくると言った30kmのはずだ。


「駆逐艦ごときが、30kmで攻撃などと笑わせる」


 その時だった。


 ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!


 右舷前方700mを航行している巡洋艦チェルヴォナ・ウクライナから爆炎が上がった。周りの海上にも至近弾と思われる水柱が複数立っている。


「なんだ!なにが起こっているんだ!?」


 続いてその左側の巡洋艦から、同じように爆炎が上がった。そして次の巡洋艦が・・・


 4隻の巡洋艦が順番に攻撃された。そして、その直後、戦艦パリジスカヤ・コンムナに着弾する。


 ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!


「うぐぉっ!!」


 クリドフ中将は激しい衝撃に叫び声を上げてしまった。


「被害報告!どうなっている!」


 艦長はすぐに被害を確認する。艦橋から見る限り、第一主砲天蓋と、その前部の甲板に着弾痕がある。しかし、装甲は撃ち抜かれていないようだ。


「主砲、機関、異常ありません!」


 伝声管で確認の取れた部署からの報告が上がる。


 しかし、艦橋上部の観測所と第二艦橋からの報告が無い。兵卒を確認に走らせる。


「艦橋上部に被弾しています!測距儀と観測所が損傷!外に居た者は全員負傷しています!」


 負傷と言ったが、死亡を確認できないだけだ。上部の観測所はオープンデッキになっている。そこにいた者は、ほとんどが死亡していた。


「第二艦橋にも直撃弾です。後部マストが折れました!」


「巡洋艦はどうなっている!?」


「無線の応答がありません!巡洋艦チェルヴォナ・ウクライナとクラースヌィイ・クルィームとヴォロシーロフからは激しく黒煙が上がっています!装甲を撃ち抜かれたようです!煙で艦橋の様子もよくわかりません!クラースヌイ・カフカースは、重大な損傷は無いようです!」


 4隻の巡洋艦の内、カフカース以外の3隻の甲板装甲は20mmしかない。127mm弾の直撃を受ければ、たやすく貫通してしまう。唯一カフカースのみ装甲厚70mmだったため、重大な損傷を免れたが、艦橋に直撃弾を受けて無線が故障したのか応答がない。


「全艦に回避運動を取るように命令だ!しかし、相手は駆逐艦じゃ無いのか!?いったいどうやって攻撃してきた!?」


 ――――


「巡洋艦3隻は黒煙を上げています。二番目標の巡洋艦にも直撃弾が複数ありましたが、装甲を抜けなかったようです。損傷を確認できません。戦艦にも10発程度の直撃弾を確認。測距儀と後部マストを破壊。それ以外には損害を確認できません」


 安馬野は上空8,000mから、着弾観測の結果を伝える。


 ――――


「さすがに戦艦は硬いな。弾種を成形炸薬G弾に変更。二番目標の巡洋艦に5発、戦艦に5発発射!」


 セルゲエンコヴァ少佐は、損傷の少なかった巡洋艦と戦艦に、成形炸薬弾を撃ち込むことを命令する。成形炸薬弾は、砲弾が回転すると威力が下がるので、通常は砲弾に尾翼を付けて回転させずに安定させる。しかし、尾翼がついていると風の影響等で、遠距離での命中率が極端に下がってしまう。これを解決したのが、史実では二次大戦後にフランスで開発されるG弾である。この成形炸薬弾は、厚さ250mmの装甲を撃ち抜くことができるが、徹甲榴弾に比べて遠距離での命中率が多少悪い。


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!


 6隻の駆逐艦から127mm成形炸薬弾が次々に発射される。


 ――――


 激しく黒煙を上げている巡洋艦3隻に、味方駆逐艦が近づき確認をする。甲板上では水兵が消火活動をしているのが見える。艦橋にも直撃弾を受けているらしく、激しく破損しているのがわかった。


「駆逐艦から入電です。3隻の巡洋艦は艦橋を大きく破損しており、艦長以下の状況は不明。甲板では消火活動をしています。損傷の少ないカフカースの艦橋には人影が見えるとのこと」


「カフカースから手旗信号です!“カンキョウニヒダン サレド コウコウニシショウナシ”」


「カフカースは無事だったか・・・。しかしどういうことだ!30kmの距離から巡洋艦と戦艦を狙い撃ちしたというのか?」


 1932年当時の常識に於いて、水平線より向こうの敵艦に初弾で当てることなど不可能であった。上空には着弾観測機が飛んでいるが、距離は10kmほど離れている。あそこから我が艦隊の位置情報を正確に伝えて、初弾から当ててきたのか?いや、やはりそんなことは不可能だ。


「艦長、あの観測機を撃ち落とせるか?」


「はい、司令。10km以上離れているので、高角砲でも撃墜は難しいと思われます」


 巡洋艦や駆逐艦の高角砲の最大射程は15km程度だが、それは海面にいる敵に対してだ。水平距離が約10km、上空8,000mにいる敵機には届かない。


 ドガーン!ドガーン!


 突然、巡洋艦カフカースから爆発が発生する。第二次攻撃が始まったのだ。

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