第79話 ホロドモール:艦隊決戦(1)

「爆雷か?潜水艦が居たのか?」


 リットン卿は双眼鏡で戦闘海域を見ていた。


 ソ連航空機を全機撃墜した後、ロシア駆逐艦は主砲を発射し、その後、4隻が前進して爆雷を落とした。距離があるので爆雷を落とす所は見えなかったが、その後の海中爆発で爆雷であろうと予測したのだ。


「どう思うかね?ジョンソン君」


 リットン卿は、英国海軍技術士官のジョンソン少佐に尋ねる。


「あの対空砲は、すさまじい連射速度のようでした。ヴィッカース重機関銃と同じくらいだと思います。それを、35mm砲で実現しているのは、ちょっと信じられませんが、それだけ大量に発射すれば撃墜できたのも理解できます。雷撃機を撃ち落とした127mm砲ですが、正面から低速で近づいてくる大型航空機に対して、十分に照準を合わせれば当たるのかも知れません。相当な練度が必要でしょうが・・・」


 駆逐艦の武装については、ボスポラス海峡通航のため、あらかじめ海峡委員会に報告されている。


「なるほど。それでは我が英国海軍でも、35mm砲であの連射速度を実現することはできそうか?それに、十分に練度を積めば、あれくらいの芸当はできると言うことかね?」


「はい。本国に帰還しましたら、すぐに35mm機関砲の開発に取り組みたいと思います。日本やロシアに開発ができて、我が大英帝国にできないことはありません。命中精度については、艦橋上部にあるドームの中に、なにか秘密があるように感じます。おそらく測距儀だと思いますが、カバーで隠している所を見ると、新技術ではないでしょうか?」


「やはりきみもそう思うか。向こうの船であのドームについて聞いたときに、かなり慌てた様子だったからな。何とかもう一度あの船に乗艦できないものかな。その時は、きみにも同行してもらおう」


 表敬訪問の時は、各国代表一人と通訳一人に制限されていたので、技術士官のジョンソンは同行できていなかった。


「はい。是非ともお願いします。日本の技術は、部分的にではありますが侮れないところがあります」


「そうなのか?」


「はい。忘れもしません。8年前マン島レースで、私は日本製のバイクに負けました。彼ら、いえ、彼女らのバイクは時速280kmにも達していたのです。それだけのバイクを作ることができる技術を、日本は持っているのです」


 ジョンソンは8年前の事を思い出す。あれは、まさに悪夢だった。あのときのライダーは、おそらく15歳くらいだったはずだ。日本人は幼く見えるから、もしかするともう少し上だったかもしれないが・・・。


「その新聞記事は読んだことがあるよ。たしか、”ソニック・ヴァルキリース”だったかな?とんでもない女性ライダーだったらしいね。地方貴族の次男坊や三男坊がこぞって求婚に行ったとかで、大人気だったそうじゃないか」


「ええ、そうです。いろいろな意味で“とんでもない”連中でした・・・」


 ――――


「ソ連艦隊にもう一度警告を出せ。“航空機24機と潜水艦6隻を全滅させた。我々はこれ以上の死者を欲してはいない。すぐに回頭してセバストポリに戻れ。30km以内に近づいた場合は、警告なしに攻撃する”と伝えよ」


 セルゲエンコヴァ少佐は、潜水艦の撃沈で海面に浮いてきた重油や浮遊物を双眼鏡で見る。一隻あたり何人乗っていたかは判らないが、ソ連軍は400人から500人くらいの死者を出しているはずだ。それも、たった30分足らずで。


 攻撃をされたとは言え、自分の命令で500人もの命を奪ったのかと思い、ぎゅっと握った右手を見た。


 もし、ソ連艦隊が近づいてくれば攻撃しないわけにはいかない。戦艦はおそらく“パリジスカヤ・コンムナ(旧名セバストポリ)”だろう。


 確か、乗員は1,200名程度だったはずだ。それに巡洋艦4隻と駆逐艦12隻となれば、合計5,000名もの大部隊が迫ってきている。


 しかし、ここで躊躇していてはいけない。私は、救国援助艦隊800名の命と、何より、我々の食料を待ち望んでいる、何百万もの民の命を守らなければならないのだ。


 ――――


「雷撃機部隊と潜水艦部隊を全滅させたと言ってきたぞ。どう思う?」


 黒海艦隊司令官クリドフ中将は、パリジスカヤ・コンムナ艦長のエルマコフ大佐に問いかける。


「はい、司令。航空機の機数と潜水艦の艦数も、こちらの戦力と合致しておりますので、会敵したのは間違いないと思いますが、全滅させられたかどうかは疑わしいと思います。ただ、敵がまだ残存していると言うことは、味方も損害を被って撤退したのではないでしょうか」


「まあ、雷撃機と潜水艦で敵を全滅できるとは思っていなかったがな。しかし、駆逐艦6隻をこの大艦隊でいたぶるのも悪くはない。大火力で徹底的に撃ち負かしてやれ」


 パリジスカヤ・コンムナの主砲は52口径30.5cm砲だ。最大射程は28,710m。随伴する巡洋艦は57口径18cm砲と13cm砲を搭載している。この18cm砲は37,000mもの最大射程を誇っている。


 ただし、背の低い駆逐艦を発見するには30kmくらいまで近づかないとならない。その為クリドフ中将は、パリジスカヤ・コンムナの主砲が届く27km地点からの攻撃を指示した。当たらなければ、もう少し近づけば良い。ピクニックにでも行くような雰囲気だった。


「敵は127mm砲が6門だけだが、飛行艇が爆装している可能性もあるので、念のため注意しておけ」


 ――――


 輸送艦の缶圧も上がり、動くようになった。


「輸送船は全速で南に待避しろ!駆逐艦隊は、それぞれ1,000mの間隔をとって単横陣だ!敵艦隊と正面対峙する!」


セルゲエンコヴァ少佐が命令を発する。


 輸送船の全速力と言っても、荷物を満載しているのでせいぜい13ノット程度しか速力は出ない。我が駆逐艦隊が突破されたら、すぐに追いつかれてしまう。ここで連中を止めないとならない。


 また、単横陣で広めの間隔をとったのには理由がある。密集していては、集中砲火を浴びたときに流れ弾が当たる可能性が高くなる。それに、散開していれば、万が一被弾しても、短時間で全滅と言うことはない。


 主砲をソ連黒海艦隊に向ける。62口径127mm砲の最大射程は35,000mだ。ただ、この距離だと命中精度は低い。しかし、相手は戦艦や巡洋艦と巨大だ。命中率が10%だったとしても、10発撃てば1発は当たる。徹甲榴弾の残弾数は装填済みが44発。予備が132発。6隻だとまだ1,000発以上残っている。セルゲエンコヴァ少佐は、まだ見えぬ黒海艦隊をにらむ。


「射程の長い巡洋艦から叩くぞ!弾種、徹甲榴弾!警告ラインの30kmを切ったら一斉に攻撃開始だ!ヤーステレプ(飛行艇部隊)!着弾観測を頼む!」


 あと5分で30kmを切る。


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