第78話 ホロドモール:激戦

「主砲対空射撃!接近してくる敵雷撃機を撃て!」


 127mm速射砲は、既に雷撃機の未来位置を捉えている。そして、CICにいるガンナーは画面の光点を見つめる。対空有効射程は7,000mだが、近接信管の作動範囲に確実に収めるなら、4,000mまで間合いを詰めないとならない。敵が雷撃機なら、1,000mまで近づいて投下するはずだ。4,000m地点で撃墜できれば、こちらが危険にさらされることはない。


 敵機が近づいてくる。そして、4,000mまで近づいた瞬間に引き金を引いた。


 ドォーン!ドォーン!ドォーン!ドォーン!


 6隻の駆逐艦は一斉に127mm砲を発射した。


 ――――


 リットン卿は、双眼鏡のサイトを駆逐艦に向けた。駆逐艦の主砲が全て同じ方向を向いている。その方向には20機ほどの航空機が見える。おそらく雷撃機だろう。


 しかし、127mm砲が当たるのか?先ほどは、おそらく対空砲の攻撃で戦闘機を木っ端微塵にした。あの主砲も、何か特別な武器なのでは無いだろうか?


 そして、ソ連機が3,000mから4,000mくらいまで近づいてきたときに、主砲から発砲炎が見えた。その3秒後、再度発砲炎が見えたのだ!


「何という連射速度だ!我が軍の半分くらいの装填時間か。相当練度が高いな」


 そして、近づいてくるソ連機の方に双眼鏡を向ける。


「何だとっ!!!」


 双眼鏡からは、信じられない光景が飛び込んできた。ソ連機が、次々に爆発を起こして墜落していったのだ。その爆発音は、10秒以上遅れてリットン卿の耳に届いた。それは、まるで地獄の悪魔が鳴らす、巨大なドラムの音のようであった。そして30秒後、辺りは静寂を取り戻していた。


 双眼鏡を持つ手は、ブルブルと震えていた。足もガクガクしている。ベンガル総督やインド総督代理を務め、イギリス政府の重鎮にまで上り詰めたこの私がおびえているのだ。


 戦闘が怖かったわけでは無い。


 数キロ離れた航空機を一撃で粉砕できる機関砲。どうやって照準を合わせているかわからないが、もし、あれと同じ事が41cm砲でもできるとしたら?ロシア軍の駆逐艦と言うことだが、実際には日本で建造されている。日本の戦艦長門や陸奥が、同じ命中精度であるなら、ロンドン海軍軍縮条約など何の役にも立たない。日本の艦隊には航空機は一切近づけず、主砲の打ち合いになったら初弾で当ててくる。もうこれは戦争にならないのではないか?


 ――――


「敵雷撃機、全機撃墜を確認!」


 セルゲエンコヴァ少佐はほっとため息をつく。しかし、まだこちらを攻撃しようとしている敵がいる。


「次は潜水艦だ!必ず潜望鏡を出してくるぞ!潜望鏡を確認したらすぐに主砲発射だ!」


 全艦、127mm砲に榴弾砲を装填する。この時代の潜水艦は、必ず潜望鏡を出して相手を確認してから魚雷を発射するのだ。


「潜望鏡を探知!距離3,200m!」


 3本の潜望鏡を探知した。


「主砲発射!!」


 ドォーン!ドォーン!ドォーン!ドォーン!


 6隻の駆逐艦から一斉に主砲が発射される。


 ―――――


「雷撃機の攻撃では仕留めきれなかったようだな」


 ソ連軍潜水艦部隊のナポロフ少佐は、潜望鏡でロシア駆逐艦を確認してつぶやく。潜望鏡は水平方向を見ることはできるが、上空を見ることはできない。友軍の航空機が全滅している事など、知る由もなかった。


「よし、1番から4番に注水開始だ」


 注水の指示を出した瞬間、敵艦の主砲が光った。


「見つかったのか?」


 こちらに向けて主砲が打たれたのかも知れない。しかし、至近弾でも無い限り大丈夫なはずだ。


 ドガーーン!!ドガーーン!!


 そして5秒後、艦の上方向ですさまじい爆発が何回か起こった。ナポロフ少佐は、顔を潜望鏡に激しく打ち付けた後転倒してしまう。


「な、何が起こった!?」


「海面付近で爆発があったようです!航空機からの爆雷かも知れません!」


「くそっ!急速潜行だ!」


 爆雷ではない。先ほど発射された主砲弾だ。何という射撃精度だ。初弾から至近弾とは。


 潜行のため、潜望鏡を下げようとするが下がらない。しかも、上部から海水が入ってきた。どうやら潜望鏡が折れたようだ。


「だめです!注水できません!」


「なんてこった!!!」


 ドガーーン!!ドガーーン!!


 再度、至近距離で爆発が起こる。そして耐圧殻に亀裂が入り、激しく海水が流入し始める。


「この区画を放棄する!全員、他の区画に移動しろ!」


 当時のソ連D型潜水艦とL型潜水艦は、6から7の防水区画に分かれており、浸水していない区画に逃げることができれば生存の可能性があった。


 しかし、その生存への努力は徒労に終わる。数カ所の防水区画に海水が浸入し、浮力を維持することができなくなっていた。そして、この海域の深度は1,700mだ。水深200m付近で、最後まで生き残っていた乗員と共に、艦は圧壊した。


 ――――


「友軍潜水艦が攻撃されたようです」


「潜望鏡が見つかったのか?こっちも危ないな。一度潜行する。深度60mだ」


 彼らは、ソナーによって既に探知されていることに、気づいていない。ロシア駆逐艦からのアクティブソナーは、超音波領域を使用している為、人間の耳には聞こえない。アクティブソナー聴音装置が無ければ、気づくことはできないのだ。


 ※この当時のソ連のソナーは可聴域のパッシブソナーのみ。アクティブソナーへの対応は取られていない。


「圧壊音です!友軍潜水艦が撃沈されたようです」


「くそっ!作戦は失敗か・・・」


「敵駆逐艦が接近してきます!」


「見つかったのか!?注水停止だ!音を出すな!このままやり過ごす!」


 ソ連潜のソナー員は自分の耳に集中する。近づいてくる駆逐艦の音を逃してはならない。自分の耳が、53名の戦友の命を預かっているのだ。


 駆逐艦が徐々に近づいてきて、速度を落とす。そして、自分たちの真上に来た。


 ソナー員は数十メートル先の暗闇から、まっすぐにこちらを見つめる視線を感じ、心臓が止まりそうになった。


 ドボーン!ドボーン!


「爆雷が投下されました!直上です!」


「ダウントリムいっぱい!全速で逃げるぞ!」


 潜水艦はモーターを全力で回し、この海域から逃げようとした。


 その数秒後。


 ドガーーン!!ドガーーン!!


 すさまじい爆発と共に、潜水艦は圧壊した。

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