第77話 ホロドモール:敵襲

「艦長!1時の方向7kmに潜望鏡らしき反応があります!数は2!」


「ちっ!潜水艦もかっ!全艦戦闘配備!アクティブソナーの使用を許可する!潜水艦の位置と数を漏らさず捉えろ!黒海艦隊も出撃しているかもしれないな。安馬野少尉!九十二式大型飛行艇を全機離水させてくれ。海上にいたら良い的にされる。それと、上空から敵艦の索敵を頼む!」


「了解!」


 安馬野は踵を返して飛行艇に駆けだす。そして、食料の積み込みを中止して、次々に飛び立っていく。


「輸送船はまだ動かないのか?」


「缶の圧力が足りないようです。動くまで30分ほどかかるとのことです」


 蒸気船は、缶(ボイラー)の火を落とすと、再稼働までに時間を要する。駆逐艦は缶の火を落としてはいなかったが、輸送船は落としていたのだ。


「どうする?輸送船を置いていくわけにはいかないし・・・」


「ヤーステレプ(飛行艇部隊)より入電!北西80km海域にソ連艦隊を発見!戦艦1、巡洋艦4、駆逐艦12、21ノット(約39km/h)で接近中!」


「赤軍め!本気でやるつもりだな。記録映像を撮っておけよ!ソ連の非道を訴える!しかし、やっかいだな。先制攻撃は禁止されているし・・・」


「潜水艦6隻を確認!1時から3時の方向7kmの海域です。等間隔を空けてこちらを向いています!」


「潜水艦の国籍は不明だが、黒海にいるのであればソ連だろうな・・・。黒海艦隊の全力出撃か・・・。駆逐艦6隻の歓迎にしては大げさだな」


「オープン回線で警告を出せ!これで引き返すとは思えないが、とりあえず、国際法に則った対応をしないとな」


 無線手が接近してくる航空機と艦隊に向けて、警告を発する。ソ連艦隊はその無線を受信したが、当然無視だ。航空機も進路を変えない。ソ連の当時の航空機には、一部を除いて無線機は搭載されていなかった。


「航空機が二組に分かれました!小型機3機が前方に進出!大型機21機がそれに続いています!」


 ソ連機は距離20kmまで近づいてきた。時速300kmなら4分ほどで接触する。双眼鏡で目視できる距離だ。


「前方に戦闘機か・・。機銃掃射でもしてくれないかな・・・。そうすれば正当防衛射撃ができるんだが・・・。」


 駆逐艦6隻は、輸送船の周りを時計回りに航行している。少しでも動いていた方が、敵の弾は当たりにくい。


 ソ連機は機首をこちらに向けて近づいてくる。


「全員伏せろ!!」


 セルゲエンコヴァ少佐は叫ぶ。双眼鏡でソ連機を見ていたら、パイロットと目が合った気がした。そして、言いようのない強烈な殺意を感じたのだ。


 カンカンカンカンカン!


 ソ連機の7.62mm弾が艦橋後部と煙突に当たって跳弾する。駆逐艦といえども、7.62mm程度の弾丸は跳ね返せるようには設計してある。煙突には穴があいたかも知れないが・・・・


「敵の攻撃を確認!反撃する!」


 ――――


 救国援助艦隊から3kmほど離れた海域に、リットン卿たちの乗る船がいる。彼らは双眼鏡で、戦闘の行方を追っていた。船長はもっと安全距離を取りたいと言っていたが、そんなことは無視だ。


「ソ連め、撃ちやがったな・・・」


 リットン卿がつぶやく。


「ここは国際海域だが、連中、自分の庭くらいに思ってるんだろうな」


 リットンは、ロシア革命以降のソ連の振る舞いに辟易していた。


 ソ連に於いては、ユダヤ人やドイツ系移民を迫害しているとの情報もあったが、公式には認めないし調査にも協力しない。そもそも、ロシア革命において殺害されたアレクサンドラ皇后は、我が英国ヴィクトリア女王の孫娘だ。イギリス政府が“絶対に殺すな”と警告していたにもかかわらず、無残にも裁判なしで殺害した。連中は法を守る振りすらしない野蛮人だ。我らイギリス紳士とは、絶対に相容れることはできないと強く思う。


 ――――


 ロシアの駆逐艦を攻撃したのは、ソ連軍I-3戦闘機だ。小隊長のバラバノフ中尉は僚機に手で合図を出し、左に旋回して再攻撃の位置を取る。低速の雷撃機が到着するまでに、できるだけ対空砲を沈黙させてやりたい。雷撃機は、低空でまっすぐに敵艦に接近する。攻撃の瞬間は、同時に攻撃を一番受けやすい瞬間でもある。我々戦闘機小隊3機が、できるだけ露払いをして、ブルジョワどもの手先を全滅させるのだ。


 バラバノフ中尉は、旋回をしながら駆逐艦を見る。すると、駆逐艦の対空砲が光った。我々を狙って発砲したようだ。しかし、既に距離は1,500mほど離れている。この距離ならそうそう当たる物では無い。


 ――――


「敵戦闘機3機を撃墜する!全艦、対空砲射撃開始!」


 セルゲエンコヴァ少佐は全艦に対して攻撃命令を出す。敵機は既にFCS(火器管制システム)によって捕らえられ、35mm対空機関砲の銃口は敵戦闘機の未来位置を追跡しつつある。そして艦橋の下にあるCIC室内で、ガンナー(射撃手)の柴田曹長は、管制システムの光点を確認してトリガーを引いた。


 ババババババババババババババババババババババッ


 1門あたり、毎分550発の発射速度を誇る90口径35mm機関砲が火を噴いた。水上機搭載艦には4門、他の艦には8門装備されている。合計40門の35mm機関砲が発射されたのだ。その火力は、鋼管布張りの複葉機に対しては圧倒的にオーバーキルだった。5秒程度の射撃だったが、その間に発射された弾丸は合計2,000発近くに及んだ。そして、その約2割が命中したのだ。


 ソ連軍のI-3は、文字通り“木っ端微塵”となった。被弾して墜落したのでは無い。空中でちりぢりになって分解して消えたのだ。


 ――――


「何だ!?何が起こった?」


 双眼鏡でその戦闘を見ていたリットン卿たちは、何が起こったのか全く理解できなかった。ソ連軍の戦闘機が駆逐艦に向かって降下し、銃撃を加えたように見えた。そして、駆逐艦の上空を通過して、1.5kmほど先で旋回をしている最中に、突然“粉々”になったのだ。


 発砲煙が出ているので、駆逐艦の対空砲が発射されたと思われる。しかし、曳光弾が全く入っていないのか、弾道が判らなかった。例え対空砲が発射されていたとしても、どうやったら1.5km先の航空機を粉々にできるというのだ?


 得体の知れない恐怖によって、背筋が冷たくなるような気がした。

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