第76話 ホロドモール:来客
「安馬野少尉。明日、各国合同の表敬訪問を受けることになった」
セルゲエンコヴァ少佐が安馬野に告げる。在トルコ・ロシア大使館からの電信だ。日本の許可も取ってあると書いている。国際協力を得るために、人道支援をアピールして欲しいとのことだ。
「我々の人道支援への賛辞を送りたいとのことだが、実際はこの駆逐艦と九十二式大型飛行艇の性能をスパイしたいのだろう。安馬野少尉、受け入れて良いだろうか?」
「良いもなにも、本国が了承しているのであれば、受け入れないわけにはいきませんね。性能についてはなんとかごまかしますが、しかし、急ですね」
「本国の事情はわからんな。使節団は、我々が到着する前から黒海に船を浮かべて待っていたらしい。交渉の末、やっと許可が出たという事では無いかな?使節団の歓待は、フサードニクの後部甲板に天幕を設営して行うことにする。安馬野少尉も正装で出迎えてはもらえないだろうか?」
駆逐艦6隻中2隻は、後部の武装を撤去して一五式水上偵察機を搭載している。明日は、偵察機を海面に下ろして場所を作り、そこに天幕を張って歓待することになった。
<翌日>
使節団を乗せたランチ(小型艇)が駆逐艦フサードニクに接舷する。そして、フサードニクからもやいロープが投げられ、固定された。
その作業を見ていた使節団の面々がざわつき始める。
「水兵が女なのか?」
甲板で作業をしている水兵は、全員女性のようだった。ロシア海軍の襟章を付けているが、皆、東洋人のように見える。この駆逐艦の建造に、日本が協力しているという情報は本当のようだ。
※ボスポラス海峡の通過許可が下りたのは、ロシア海軍艦艇に対してだったので、駆逐艦に乗艦する宇宙軍の兵士は、この作戦中はロシア海軍軍人の身分になっている。
使節団は梯子を登り、フサードニクの甲板に上がる。
「初めまして。私は国連イギリス代表のヴィクター・ブルワー=リットンと申します。本日は我々の表敬訪問を受け入れて頂き、誠にありがとうございます」
「ロシア帝国海軍セルゲエンコヴァ少佐であります。皆さんの訪問を歓迎致します。どうぞこちらへ」
イギリス・フランス・オランダ・イタリア・トルコの五カ国合同使節団だ。それぞれセルゲエンコヴァ少佐に挨拶をする。
「こちらは、大日本帝国宇宙軍 安馬野少尉です。支援物資を届ける飛行艇部隊の隊長です」
「初めまして。大日本帝国宇宙軍 安馬野少尉であります。本日は遠路はるばるお越し頂き、誠にありがとうございます。ぜひとも、我々の人道支援をご理解頂き、国際社会が協力できるようにお力添えをお願い致します」
お互い挨拶を交わし、用意された椅子に腰を下ろす。そして、使節団に日本茶が出された。最高級の宇治の玉露だ。
コーヒーや紅茶もあるのだが、イギリス人とフランス人を同時に歓待する場合、その選択に苦慮する。その為、日本茶を選択したのだ。
「皆さんもご存じの通り、今回の人道支援作戦はロシアと日本との合同作戦です。ソ連では農民から小麦を取り上げてまで、輸出に回し、外貨を稼いでいます。その為、多くの農民達が飢餓に瀕しているのです。是非、国際的な圧力をかけて、農民からの収奪を止めさせるよう、お力添えを下さい」
「我々も危惧してはいるのですが、ソ連との有効な外交チャンネルも無く、連中が何を考えているのかも判らない状態です。そんな中で、貴国の活動には敬服するばかりです」
使節団は、当たり障りの無い返答をする。
“どうせロシア人の命など、列強にとってはどうでも良いことなのだろうな。もしかすると、ソ連を弱体化させることができる好機とでもとらえているのでは無いだろうか?”
セルゲエンコヴァ少佐は列強の無関心さに怒りを覚えるが、それでも、少しでも支援に協力してもらえるよう精一杯の歓待をする。
「ところで、この駆逐艦や飛行艇は日本で作られたのですね。どちらも洗練されていて美しいですな。性能もさぞ高いのでしょう?」
「飛行艇は今年就役したばかりですが、このサイズの飛行艇は各国でも開発が進んでいますので、それほどという訳ではありません」
「駆逐艦は、主砲が一門だけなのですね。あとは、あれは対空機関砲ですか?」
駆逐艦には127mm速射砲が一門と、2連装35mm対空機関砲が四基、そして、近接防空システムの20mmガトリングが二基設置されていた。いずれも、この時代の物にしては長砲身だ。
※水上偵察機を搭載している艦は、後部の35mm対空機関砲二基が取り外されている
「はい、主砲は127mm砲が一門だけです。あとは、対空機関砲ですね。海峡委員会に提出したとおりで、違反はないですよ」
ボスポラス海峡を通過するために、事前に駆逐艦の武装について申告をしてある。使節団は違反を見つけようとしているのかと訝ってしまう。
「しかし、対空機関砲には銃座が無いようですが、どうやって射撃をするのですか?」
「あ、えっと、艦橋からリモコンで射撃できます。まあ、今回の任務の為の急造なので、飾りみたいな物ですよ」
返答が苦しい。セルゲエンコヴァ少佐は、この質問は支援作戦とは関係ないだろ!と内心思う。
「艦橋の上にある白色のドームは何ですか?」
使節団は次々に質問をしてくる。本当にしつこい。
「あ、あれは、軍機です。武装を隠している訳ではないのでご安心下さい」
あの中に、レーダーがあるとは言えない。レーダーはまだ秘匿事項なのだ。
「本当に武装では無いのですか?5インチ以上の砲だと、事前申告違反ですぞ」
「あんな所に大砲を乗せることなど出来ないでしょう。英国紳士はジョークが得意ですね」
--――
支援地域や、今現在把握している農民達の窮状を説明する。そして、国際協力をお願いして、そろそろお開きになるかという頃に、副官が慌ててメモを持ってきた。緊急とのことだ。
セルゲエンコヴァ少佐は渡されたメモを読んで、顔を引きつらせる。
「セルゲエンコヴァ殿。どうかされましたか?」
リットン卿が心配そうに話しかけてくる。
「はい。アゾフ海から航空機が24機、こちらに向かっているとの情報が入りました。もしかすると、ソ連による攻撃隊かもしれません。申し訳ありませんが、皆さんには、すぐに退艦して頂きます」
「えっ?しかし、その情報はどこからですか?」
「えっ?」
しまった。対空レーダーによる索敵とは言えない。なんとかごまかさないと・・・。
「そ、それは、アゾフにいる協力者からです。これ以上は、彼らの身に危険がおよぶかも知れませんので、ご容赦下さい」
「そうでしたか。それは失礼しました。それでは、我々はこれで失礼させて頂きます。皆さんのご武運をお祈りしています」
「ありがとうございます。まだ、攻撃されると決まったわけでは無いですが・・・」
使節団はランチに乗り込み、彼らの母船(全長130mほどの民間船)に戻っていった。
――――
「あの駆逐艦の戦闘が見えるかもしれないぞ。望遠鏡で見える距離を保て」
リットン卿は船長に命令をする。
そして、ソ連からの航空機が刻一刻と近づいてくる。
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