第75話 ホロドモール:支援開始
「すごーい!今、10,000メートル?こんなに高く飛んだの初めて!それに、寒くないのね!この飛行機、どうなってるの?」
ユーリアは大はしゃぎだった。
「機内は0.7気圧に与圧されてるわ。エアコンも装備されてるから、温度も湿度も一定に保たれるのよ」
「この画面は何?絵が動いてるわ!」
「これはレーダーよ。高度にもよるけど、200km以内の航空機を見つけることができるわ」
「日本って、こんな飛行機が作れるのね!すごいわ!しかも自動操縦までついてるなんて!」
航空機関士が日本茶を入れて持ってきた。みんなでお茶を飲みながら雑談をする。何の操作をしなくても、黒海まで運んでくれるのだ。
「日本がすごいんじゃないわ。高城大尉がすごいの。この飛行艇も、高城大尉が設計されたのよ。それに飛行機じゃ無いわ。飛行艇よ」
「そ、そう・・。高城大尉ねー。宇宙軍の士官ってことは女の人?」
「男性よ!」
黒海まで約20時間。九十二式大型飛行艇は前部カーゴルームまで与圧されているので、そこにベッドを設置してある。交代で仮眠を取りながら目的地を目指す。
「救国援助艦隊からのビーコンを確認。これより、誘導に従って降下します」
カスピ海を越えたあたりで、先に黒海で待機をしている“救国援助艦隊”のビーコンを受信した。あとは、ビーコンに従って進路を取るだけだ。これも自動操縦でしてくれる。
今までは、高度10,000メートル以上を飛行していたので、万が一ソ連軍に見つかっても迎撃される心配は無かった。しかし、降下を始めればその限りでは無い。この九十二式大型飛行艇には対空武装が無いため、万が一見つかった場合には逃げるしか無いのだ。
「警戒を厳にしろ」
安馬野は各機に警戒を促す。九十二式大型飛行艇には、実用化されたばかりの対空レーダーが装備されているが、探知範囲は前方120度と後方120度に限られる。どうしても死角があるので、最後はクルーの目が頼りだ。
それに、地上からの攻撃にも無力だ。高射砲は滅多に当たらないとは言え、それでも至近弾を喰らえば損傷もするし、最悪撃墜もあり得る。
いきなり、高射砲で撃たれるようなことは無いと信じたい。
――――
そして、なんとか無事黒海までたどり着くことが出来た。
「こちら“フサードニク”。視認した。現在北北西の風2メートル。波高は1メートル以下だ」
救国援助艦隊の旗艦、駆逐艦“フサードニク”からの通信だ。
「こちら“ヤーステレプ”。了解した。これより着水する」
ヤーステレプとは、ロシア語で“鷹”の意味だ。安馬野達の飛行艇部隊のコードネームになっている。
5機の飛行艇は、順次着水をする。
「大日本帝国宇宙軍安馬野少尉であります。ただいま到着しました」
「ロシア海軍イネッサ・セルゲエンコヴァ少佐だ。到着を歓迎する」
駆逐艦は日本の宇宙軍製だが、ロンドン軍縮条約対策とボスポラス海峡を通過するためロシア海軍所属となっている。ただ、特殊な兵装を扱うため乗員は宇宙軍人で占められており、艦長と数名の高官のみロシア人だ。そして、宇宙軍が女性ばかりなので、ロシア海軍も女性将校を送り込んできている。
『高城大尉から、ロシア人の男は“ケダモノ”ばかりだから注意するようにと言われたけど、女性ばかりで安心したわ』
安馬野は胸をなで下ろす。
「では、早速援助の準備に入りましょう」
安馬野達は駆逐艦に入り、実際の援助計画を確認する。
まず、九十二式大型飛行艇に救援物資を積み込む。救援物資は、補給艦にて“乾パン”や“せんべい”“岩おこし”等に加工される。これは、小麦などを直接持っていた場合、共産党に取り上げられてしまう可能性があるためだ。加工済みなら、拾ってすぐに食べられるし、水に浸せば、老人や乳幼児も食べることが出来る。それに、共産党が回収しても輸出には使えない。そして、救援対象地域上空10,000メートルから投下する。救援物資は、相当の範囲に散らばるが、高度を下げてソ連軍機に攻撃をされたり、高射砲の射程に入るわけにはいかない。
九十二式大型飛行艇に補給船が近づき、給油をしている。飛行艇や駆逐艦の燃料は、リチャード・インベストメントが手配した補給船が、トルコとの間をピストン輸送してくれる。
現在は5機体勢だが、今年中にあと10機が追加される予定だ。その後も、順次追加され、1年後には25機体勢で毎日何往復もして救援物資を届ける。
いよいよ明日から、援助作戦が開始される。
――――
翌早朝、5機の飛行艇が順次離水していく。機内には8トンの食料を搭載している。各機、作戦地域上空で投下予定だ。物資は500kg単位で梱包され、順次手動で投下される。高高度からの投下なので、酸素マスクをしての作業になる。
投下された物資は、高度1,000くらいでパラシュートが開くようにタイマーがセットされている。万が一開かなくても、湖に落ちさえしなければ、食べることはできる。
そして、物資を投下した後は艦隊に戻り、再度搭載して救援地域に向かうのだ。
――――
「何かが落ちてきたぞ」
村の男達が空を見上げる。それは、パラシュートによってゆっくりと落ちてくる大きな“荷物”だった。
彼らは荷物の落ちた場所へ近づく。もう、何日もまともに食事を取っていない。とても走れるような状態では無いので、とぼとぼと歩いて向かう。
彼らは、それが何かは判らないが、もしかして、神様が食料をくれたのでは無いかとの淡い期待を持つ。
落ちた荷物は、一辺が1.3メートルほどの立方体だ。紙で包まれていて、その上からロープで縛られている。そして、その荷物には白青赤のロシア国旗と共に、“食料”と書かれていた。
「しょ、食料だ!」
男達は狂喜して、包んである紙を破いて中身を取り出す。中身は乾パンなどの、穀類を焼いて固めた物だった。彼らはむさぼり食う。まるで、死体に群がるゾンビのように。
そして、持てるだけ持って、村へと帰った。彼らの村は、これで一週間程度は生きながらえることができる。やはり神はいたのだ。お見捨てにならなかった。
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