第74話 ホロドモール:国連演説

1931年11月


 少し時間を遡る。


 スイス ジュネーブ国際連盟本部


「ソ連は農民から種籾までも奪い取り、計画的に飢餓を発生させています。私たちの入手した情報によると、ドニプロ川より東の地域ではすでに餓死者がでています。国際社会は共にソ連の行いを非難し、飢餓に苦しむ人々を救援してください!」


 ロシア皇帝アナスタシアが、スターリンの政策によって餓死させられようとしているロシア人(多くはウクライナ人)を助けて欲しいと、国連の議場で演説をする。


 1931年、北半球の気温は低く、世界的に凶作となった。そして、このウクライナ地方でも例外では無い。しかし、スターリンは前年の割り当てと同じ量を徴発したため、農民にはほとんど食料が残らなかったのだ。


 そして、反発する農民には“富農”のレッテルを貼り、人民の敵として数十万人もの人をシベリアに移送した。そして、シベリアに移送された人たちは、移送中に約20%が、そして、シベリアに到着して二ヶ月以内に50%が死亡し、一年後にはそのほとんどが死に絶えた。


 強制的な穀物の徴発やシベリア移送によって、1931年から1935年の間に300万人から1,000万人以上のウクライナ人が死亡したとされる。


 ※当時のソ連では、殺した人間の死体の数を数えるようなことはないので、正確な人数は判らない。しかし、人口統計からの予測で、最小で600万人、最大で1,100万人の死者が出たとの研究がある。


 この飢餓によって、現在のウクライナ東部、ザポリージャ・ドネツク・ルハンシク・ハルキウ周辺で多くの死者を出した。そして、ウクライナ人の居なくなったこの地域に、ロシア人が移住することになる。これが、2023年現在に行われているウクライナ・ロシア戦争の遠因にもなっている。


 ソ連では、1921年~1922年にかけて、ヴォルガ川流域の“ヴォルガ・ドイツ人自治共和国”を中心に飢饉が発生し、現在のロシア共和国の公式発表で505万人の餓死者を出したとされる。(※他の研究機関では、1,000万人以上との報告もある)この時も、国際社会の救援はほとんど無く、アメリカのNGO団体ARAが、食糧の配給を細々と行ったに過ぎない。


 国際社会は、ロシアの人民に対して冷たかった。


 ソ連は当時、国際連盟に加盟していなかったので、国際連盟は外交ルートを通じて飢饉についての問い合わせを行った。


 ソ連からの返答は、「飢饉など発生していない」というものだった。収穫量は例年通りで、今年も前年とほぼ同じ量の小麦を輸出にあてることが出来ているとの“証拠”を出してきた。


「スターリンは小麦を輸出に回すために、農民から奪っているのです!農民には、もう、明日食べる小麦もありません!」


 アナスタシアは国際連盟で涙ながらに訴えるが、日本以外の諸外国の反応は鈍い。ロシア革命から10年以上が過ぎ、ソ連も大国としてのプレゼンスを発揮するようになっていた。国際連盟といえども、大国の内政にまで手を出すことは出来ないのだ。


「それでは、我が国が危険を冒してでも救援致します。その為に、我が国の駆逐艦を黒海に派遣するため、ボスポラス海峡の通航を許可して頂きたい。この駆逐艦は、ソ連を攻撃するためのものでは無く、輸送船を護衛するためのものです」


 こうして、“海峡委員会”とトルコ共和国政府の了承を得て、ロシアの輸送船を護衛するために、駆逐艦6隻の通航が認められた。


1932年3月


 ロシアの輸送艦3隻と駆逐艦6隻が横浜港を出港した。目的は、飢餓にあえぐロシア・ウクライナの人々を救うためだ。乗員達は皆、その使命感に胸を熱くする。そして同時に、今まさに死につつある人々への哀悼の想いと、スターリンに対する怒りを強くするのであった。


1932年6月


 ロシア(樺太)のオハ


 そこでは、“ロシア救国援助隊“の壮行式が行われていた。


「どうか無事に、そして、ロシア・ウクライナ国民を救って下さい」


 アナスタシアが送辞の言葉を締めくくる。


 湖の畔に設営された会場には、世界から多くの報道陣を招待している。そして、湖には5機の飛行艇が浮いていた。その飛行艇は青色の迷彩塗装がされており、水平尾翼には白・青・赤のロシア国旗がペイントされている。


 この飛行艇は、日本の宇宙軍で開発された“九十二式大型飛行艇”だが、現在はロシアがリースしている。パイロットも宇宙軍からの出向だ。


 そしてアナスタシアは、飛行艇のクルー一人一人に握手をして声をかける。


「あなたが安馬野さんね。初めまして。有馬公爵から聞いているわ。宇宙軍のエースパイロットなんですってね。いつも高城男爵が自慢してるんですって」


「えっ・・・・・・・」


 高城大尉が、自分のことを有馬公爵に自慢している。そう聞いて、あまりの嬉しさで、意識が飛びそうになった。


「あ、だ、大日本帝国宇宙軍安馬野少尉でありまひゅ。ロシアと日本の友好のため、微力を尽くしたいと存じます」


 “あ、噛んだ・・・・・”


 ああ、恥ずかしい!初任務の晴れ舞台で、失敗してしまった・・・。安馬野は穴があったら隠れたたかった。


「緊張しなくても大丈夫よ。あなたたちなら、きっと任務を全うできるわ。一人でも多くの人を救って欲しいの」


 アナスタシアは、透き通った美しい声で語りかけてくる。流ちょうな日本語だ。安馬野は、心を落ち着けてアナスタシアを見る。


『なんて美しい人だろう』


 安馬野はアナスタシアを見て“ぼー”としてしまった。確か30歳くらいと聞いている。子供も二人産んでいるにもかかわらず、こんなにも若々しく、美貌を保っているなんて。ロシア人の女性は、30歳を超えたら“酒樽”みたいになるって聞いたけど、全然そんなことは無い。アナスタシアが有馬公爵を選んでくれてよかった。もし、高城大尉を選んでいたらと思うと、何故かアナスタシアに対し怒りがわき上がってきた。


「紹介するわ。こちらは、ロシア空軍のパイロット、“ユーリア・フロロヴァ”少尉よ。今回、あなた方に同行させてもらうことになったの。彼女は救援対象地域の出身よ。仲良くしてあげてね」


そこには、カーキ色の軍服を着た赤毛の少女が立っていた。


「ユーリア・フロロヴァよ。よろしくね。天才さん。ユーリアって呼んでね」


 ユーリアは、ロシアなまりの日本語で話しかけてきた。


「初めまして。安馬野和美よ。私も“カズミ”でいいわ。それと、私は天才じゃ無い。そうなるために、死ぬほど努力をしたの」


 二人は固く握手をしたが、表情は微妙だった・・・・。


 ――――


 壮行会が終わり、5機の飛行艇は湖面を滑走し始める。機体は離水し、力強く上昇していった。


 プレスには、日本の補給艦の協力を得て、南シナ海 - インド洋 - 黒海 へのルートを取ると発表した。しかし、実際には樺太から黒海まで無給油で直行する。距離は7,300kmだ。九十二式大型飛行艇の最大航続距離は8,300kmなので、向かい風になるジェット気流の影響を考慮しても十分に到達できる。


 シベリア上空10,500mを、時速420kmで安馬野達は西を目指す。


※1930年頃は大型飛行艇の建造ブームだったので、この大きさの飛行艇は世界に数種類あり、性能を開示しなければプレスリリースしても問題は無い



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