第83話 日露安全保障条約(2)
同日、ロシアからの日露安全保障条約発動の要請を受けて、日本では緊急閣僚会議が招集された。
「満場一致で、軍の派遣を決定する」
閣議は満場一致で、日露安全保障条約の発動を承認した。
樺太に駐留している陸軍航空隊の爆撃機によって、ソ連砲兵陣地への爆撃が即日実施されることになった。しかし、駐留部隊には八七式軽爆撃機が8機しかなく、ソ連の砲兵陣地を破壊することはできない。駆逐艦と軽巡も駐留しているが、20cm程度の艦砲では、やはりソ連軍の3m厚のトーチカの破壊は難しそうだった。
――――
「間宮海峡の防衛と、ソ連砲兵陣地の撃滅の為、海軍からは長門・陸奥・金剛・霧島の戦艦4隻を中心とした連合艦隊を編成し派遣したいと思う」
※史実では、1932年当時、長門は近代改装工事中だが、この世界線では前倒しで完了している。
ワシントン軍縮条約に始まる、ネイバルホリデー(海軍の休日)と呼ばれる戦間期において、日本海軍はその力をもてあましていた。
第一次世界大戦が終わってから十数年、海軍艦艇は一度も敵に向けて発砲していないのだ。もちろん、それはそれで良いのだが、日々の訓練の成果を発揮したいと誰もが思っていた。
海軍軍令部総長の伏見宮博恭王は、陸軍参謀本部長の閑院宮載仁親王と会議をしている。明日は天皇を交えた元帥府が開かれる。そこで、日露安全保障条約に基づいた派兵規模についてのご裁可を頂くことになっていた。
※元帥府とは、陸軍と海軍を統括して指揮する組織である。戦時の大本営に相当する。この時期は、ほぼ形骸化していた。
「しかし、たかだか砲兵陣地をいくつか攻撃するだけの為に、連合艦隊とは大げさすぎるのでは無いか?」
閑院宮載仁親王が苦言を呈する。
「何をおっしゃいますか。獅子は兎を捕るにも全力を出すと言います。万が一、ウラジオストク艦隊が出てきたら、それに十分対応できるだけの戦力は必要でしょう。それに、先日陛下から“ランチェスターの法則”をいうものを教えてもらいましてな、なるほどと感心したのですよ」
「“ランチェスターの法則”?なんだ、それは?」
「イギリスのランチェスター博士が提唱した理論だそうですよ。大まかに言えば、戦力が大きい方が必ず勝つという理論です」
「なにを当たり前のことを。そんな事は当然では無いか」
「それには続きがありましてな、例えば、彼我の戦力比が8対6だったとすると、どちらかが全滅するまで戦った場合、勝った方にはどれだけの戦力が残るかわかりますか?」
「そんなのは子供にでもわかるだろう。答えは8-6で2、良くて3だ」
「それがそうでは無いのですよ。陛下がおっしゃるには、勝った方には5から6の戦力が残ることになるらしいのです」
「??そんなバカなことはないだろう!」
「それが、本当なのですよ。計算式は8×8-6×6=28で、その28の平方根が勝った方の残存兵力になるそうです。だから、とにかく少しでも敵より戦力を集めて、その地点に於いて“数的有利”を築くことが肝要なのだと言われましたよ。戦力の逐次投入は愚策というのは当然でしょう?それを科学的に解析すると、我々が思っている以上に差が開いてしまうそうです」
※ランチェスターの法則は1914年に発表されているが、当初はそれほど注目されることはなく、第二次世界大戦に於いてその正確性が検証され、メジャーになるのは戦後の事である。
「しかし、陛下はよく勉強をなさっておられる。先日奏上したおりにも、質問が鋭くてたじたじになったよ」
「宇宙軍の高城大尉らと、勉強会を開いているようですな。高城大尉は、最新の理論や戦術をどこかからか仕入れてきて、披露するらしい」
「ふん、あんな若造になにができる。前線にも出たことがない頭でっかちの机上の空論ではないか」
「しかし先日のクーデターの時も、近衛隊に新型の防弾具を提供して、一方的に封じ込めたではないですか。部隊配置も高城大尉の指示だったと聞いております。近衛や宇宙軍と撃ち合いになったが、一人のけが人を出すこともなく反乱部隊を鎮圧するなど、だれにそんな芸当ができますか?」
「確かに、あれは見事だったな。反乱部隊とは言え元は陸軍だ。我が陸軍があんなにも腑抜けていたのかと、落胆したよ。まあ、皇道派の連中を一掃してくれたのは助かったがな」
「まあ、今回は海軍が主役ですが、ソ連がさらに暴発して、清ソ国境に圧力をかけたり越境するかも知れない。国境の護りは任せましたぞ」
--――
「陛下。ロシア帝国救援の為、戦艦4隻を中心とした連合艦隊を派遣したいと存じます。また、陸軍には、万が一に備えて清ソ国境を固めてもらいます」
「連合艦隊の出撃か。日本海海戦以来だな。相手を侮ることなく、十分に力を発揮して欲しい」
こうして、連合艦隊の出撃が決まった。各艦は個別に準備をして出発し、1週間後に北海道の小樽沖合で合流することになった。
――――
黒海 救国援助艦隊
ソ連軍黒海艦隊との戦闘の翌日、イギリスより、再度救国援助艦隊を訪問したいとの打診があった。
リットン卿は、必ず本国を説得して、穀物の輸送や空輸投下作戦に協力をするので、その為の打ち合わせをしたいと、強く要請したのだ。
救援作戦に協力してもらえるならありがたい。本国の許可も下り、リットン卿と技術士官のジョンソン少佐、そして数名の秘書官が訪れることになった。
「リットン卿、ようこそお越し下さいました。イギリス本国を説得していただけるとのこと。心強い限りです。さあ、どうぞこちらにおかけ下さい」
「セルゲエンコヴァ少佐。乗艦を許可していただき誠にありがとうございます。今日はある程度、必要とされる実務についても話をしたいので、技術士官を連れてきています」
「初めまして、セルゲエンコヴァ少佐。私は英国海軍のジョンソン少佐であります。実際に協力するために、何が必要かをお聞かせ願えればと存じます」
ジョンソン少佐は、膝を折り、騎士のような挨拶をする。
「初めまして、ジョンソン少佐。ご協力に感謝いたします。私はこの艦隊の責任者、セルゲエンコヴァ少佐です。よろしくお願いします。こちらは、食料の空輸を担当しています、大日本帝国宇宙軍の安馬野少尉です」
アマノ・・・聞き覚えがある・・・と言うか忘れることのできない名前を耳にしてしまった。
「初めまして。大日本帝国宇宙軍 安馬野少尉であります」
ジョンソンはおそるおそる安馬野少尉の顔を見る。あれから8年が経過しているが、そこには忘れもしない、“あの”女性ライダーが立っていた。
「あ、あ、あ、お、おま、お前はあの時の!マン島レースのカズミ・アマノ!!」
「どちら様でしたかしら?」
「俺だよ俺!マン島レースで3位に入ったジョンソンだよ!」
「ああ、あなたはあの時の、“マザーファッカー”ですね」
その場にいた全員が凍り付いた。
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