第72話 クーデター(5)

5月17日午前6時30分


<宮城(皇居)>


 陸軍大臣が天皇に奏上する。


「陛下、決起将校には罪を認めさせて、自刃させます。つきましては、陛下からの勅使を賜り、彼らの死に、最後に光栄を与えて頂きたく、お願い申し上げます」


 天皇は陸軍大臣の申し出に怒りを抑えることが出来なかった。このような不忠の者たちに勅使を送れとは、一体何を考えているのか?


「自殺するならば勝手に為せ!このような者たちに勅使などもっての他だ!」


 天皇は柄にもなく大声を出して叱責した。勅使を出すと言うことは、自刃する者に筋の通った身の処し方をしたとの、お墨付きを与えることになる。それは、あり得ないことだった。


 ――――


5月17日午前7時30分


 陸軍大臣が説得のため、麻布駐屯地を訪れる。


「午前8時をもって、お前達を“賊軍”として討伐する勅命が下る。これは天皇陛下が直々に発せられる。もう終わりだ。尉官以上の者は全員腹を切れ。それで、兵卒は罪に問われることは無い」


「お断りします!納得できません!大臣告示では我々の気持ちをお認めになったではないですか!」


 反乱軍の意思はまとまらないまま、午前8時を迎えた。


5月17日午前8時


 駐屯地の周りに設置されたスピーカーから、大音量で勅命が発せられた。


「籠城している陸軍部隊に告げる。天皇陛下のご命令が発せられた。速やかに投降せよ。上官の命令に従っただけの者は罪に問われない。今ならまだ間に合う。すぐに投降せよ。午前9時になっても籠城を続ける者に対しては、“賊軍”として討伐をする。これは、勅命である」


 この放送を聞いた兵卒達は、皆武器を捨てて投降を始めた。彼らは上官の命令に従っただけだった。そして同調性バイアスによって、この決起がおかしいと思いながらも、今まで投降することが出来なかったが、逆賊にされるとなると話は別だ。皆、先を争って沈み行く船から逃亡を始めたのだ。


 そして、この反乱を主導した青年将校達のほとんどが逮捕された。


 逮捕された中には、反乱部隊と行動を共にしていた、海軍将校13人も含まれていた。


 ――――


 反乱を事前に知っていた、眞崎ら皇道派の将官たちは、軍事法廷にて反乱罪が適用され無期禁固~禁固5年となった。実際に部隊を率いて反乱を実行した者たちには、死刑および無期禁固の判決が下る。


 そして、民間人ではあったが、反乱の謀議に参加し、青年将校達に指南をしていた“北一輝”にも、死刑判決がでた。


 さらに、皇道派の派閥を形成していた将校および将官は、全員が罷免され、予備役にも編入されなかった。これは、軍からの完全な絶縁状である。


 また、逮捕された海軍将校13人と、つながりのあった艦隊派の海軍将官たちも、管理責任を問われ全員罷免された。


 ――――


「これで皇道派の連中も終わりだな。これからは我々統制派の時代が来る」


 陸軍省の一室。統制派と呼ばれる軍閥の首魁達が集まっていた。彼らは、皇道派と双璧を為す軍閥の一方で有り、満蒙の属国化と中国での資源確保(つまり侵略)をより強く目指す集団であった。


 ※皇道派も、基本中国への進出強化を考えていたが、防共の為、ソ連との対決を第一目的にしていた


 今世に於いては、中国から完全に撤退する判断をした政府と宇宙軍に対して、強い不満を持っている。


 その中心人物は東條少将と永田少将だ。


 ――――


 皇道派の処分が一通り終わった頃、クーデター発生当時に東京で勤務していた少将以上の統制派将官が、天皇に招聘された。


 ――――


「陛下からは、我々への期待のお言葉があるだろう。みな、一層奮起して日本のために働かないとな。まずは、満洲駐留軍の強化だ。そして、モンゴル・中国との国境線未確定地域において決着を付けなければな。国境紛争を口実に、ついでに、モンゴルを領有すればよい」


 清帝国は独立したが、清・中国・モンゴルが国境を接する地域に於いて、互いに領有を主張する地域がいくつかあり、国境未確定となっていた。ここには、ノモンハンも含まれる。


 統制派の将官は、意気揚々と参内する。


 ――――


「陛下。先般は陸軍内の一部不逞の者たちが大変な事件を起こし、それを未然に防ぐことが出来なかったこと、誠に申し訳なく存じます。全て、臣の不徳のいたすところ。今後は、このような事の無きよう、全力で忠義を尽くす所存にございます」


 東條をはじめ、統制派の将官は深々と頭を下げて天皇に謝罪をする。


「そうか、貴官らも責任を痛感しておるか。それなら話は早い。貴官ら全員、本日を以て予備役に配属する。今までご苦労であった。これからは、余生をゆっくり楽しむが良い」


「えっ・・?へ、陛下、その、予備役にとは・・・・」


 軍人が予備役に編入されるということは、実質“解雇”のことである。


「予備役というのは予備役のことだ。それとも、統制派にはなにか別の予備役があるのか?」


「い、いえ、陛下・・・しかし、あ、あまりにも急な・・・」


 東條は声が震え、額からは脂汗が流れしたたる。


「東條、永田、貴官らは昨年の幕僚会議にて“ソ連と事を構えるためには、まず、支那を叩いて日本の言うことを何でもきくようにしなければならない”と発言しておるな」


「は、はい、陛下。それは・・・・その・・・言葉の・・・・」


 確かに昨年の幕僚会議で、皇道派の対ソ戦準備にあたるとの主張に対して、統制派は、“中国の方が弱い。まず、中国を占領し、親日的な政府を作った後に、共同してソ連に対応するべき”と主張した。その発言は、確かにあった。


「その発言は、確かにあったのだな?幕僚会議という公式の場での主張で、間違いないか?」


 ※史実でも、永田と東條は日中戦争が始まる前に、すでに、中国を占領し親日的政府を立てることを計画していたとの研究がある


「はい、陛下。た、たしかに、そう取られてもしかたのない発言はあったかもしれませんが、それは、その、その場の・・決して本心ではなく・・・・」


 統制派の面々は、なんとかその場を取り繕おうと必死になっている。


「なるほど。そうか。本心では無かったのだな。しかし、幕僚会議に於いて口からでまかせを言うような将官に、陸軍の舵取りを任せるのはいささか不安があるな。それに“もし戦争になったなら”と準備をするのは良いが、“戦争を始めるべきだ”と主張するのは、天皇の大権を侵してはおらぬか?その様な危険な考えを持つ者に、やはり、陸軍を任せることは出来ぬ」


 こうして、陸軍統制派の多くが予備役に編入されることになった。


 --――


「高城よ。なんとか、陸軍の手術が終わったな。しかし、半数もの将官がいなくなっては、陸軍の運営に支障は出ないか?」


「はい、陛下。派閥争いにいそしむような将官が、いままでも役に立っていたとは思えません。まずは、予定通り清帝国駐留軍の有馬大将を呼び戻し、陸軍中央の立て直しをして頂きましょう。そして、陸軍の約半数を工兵隊に編成しなおし、国内の道路や橋梁の建設にあたらせます。山間部ではトラックの通れない道路や橋ばかりです。これを、実戦を想定して補給部隊の中型トラックが通れるように、改修をしていきます。この経験は、万が一にソ連と事を構えることになった時、必ず役に立つでしょう」


「どうせなら、陸軍を宇宙軍の配下にして、高城が指揮をしてくれれば良いのだがな。それは出来ぬか?」


「はい、陛下。私のような若輩者が上に立つと、いろいろと気持ち的な問題がありましょう。人間は心の生き物です。できるだけ、そういった軋轢は避けたいと思います。また、宇宙軍で開発をしている新技術は、まだ世に出して良い物ばかりではありません。万が一にも、ドイツやアメリカに漏洩してはならないのです。私が陸軍と宇宙軍のトップに立って、宇宙軍には最新の技術を供給し、陸軍には供給しないのであれば、それはそれで問題がでてきます。いましばらくは、宇宙軍の技術の公開は、最小限にとどめる必要があります」


「なるほどな。致し方ないか」


 こうして、陸軍の改革と、国内のインフラ整備が加速していくのであった。


 ※この物語は、史実を下敷きにしたフィクションです








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