第71話 クーデター(4)

5月15日午後4時30分


 近衛師団と宇宙軍が撤収し、陸軍が包囲を固める。そして、陸軍大臣からの“大臣告示”が山下少将によって反乱軍に届けられた。


 大臣告示では、“青年将校らの真意は理解できるが、天皇陛下のご判断を待て”という内容だった。


「山下少将閣下!我々の決起文は、陛下に届いたのでありますか?“大臣告示”では“天の声”を待つようにと。つまり、天皇陛下は、まだ何もおっしゃられてはいないのですか?」


「大尉よ。今が正念場だ。天の声を待つのだ」


「しかし、少将閣下!近衛師団は我々のことを“反乱軍”と・・・、そして、鎮圧は“勅命”であると言っていました。それは、本当なのですか?陛下は、陛下は・・・我々を反乱軍として鎮圧せよとの勅命を出されたのですか?」


 反乱を指揮した将校達は、皆泣いていた。最も忠誠を捧げているはずの天皇陛下から“反乱軍”とされたのでは無いか?もしそうなら、我々のしたことは取り返しがつかない。いや、もしかすると、それほど深くまで“君側の奸”の魔の手が伸びているのだろうか・・・。


「真に勅命が下っていれば、貴様らを包囲している部隊は、すでに総攻撃をかけている。しかし、まだ、話し合いの余地はあるのだ。今は堪えろ。短気を起こしてはならん」


 確かに天皇の命令は“要人や要所を、反乱軍から守れ”との内容だったため、籠城している反乱軍を鎮圧せよとの命令では無い。陸軍の皇道派は、この詭弁を使って事態を引き延ばしていた。


5月16日午前8時


<宮城(皇居)>


 陸軍大臣が善後策を持って参内してきた。


「陛下。決起部隊に“速やかに原隊に復帰せよ”との命令を、参謀本部名で出そうと思います。決起部隊をなんとか説得し、皇軍相撃を避けたいと存じます」


「大臣よ。“皇軍相撃”ではない。連中は“反乱軍”である。ただ、無用な血を流す必要は無い。説得できるようなら、それが一番良い。速やかに事態の収拾を図って欲しい」


 天皇は、反乱軍の事を“決起部隊”と呼ぶ陸軍大臣に怒りを覚えていた。この期に及んで、反乱軍の意を汲めと本気で思っているのかと。



5月16日午後4時30分


 参謀本部名で原隊に復帰するように命令を出したが、夕刻になっても事態は一向に解決しない。


「高城よ、どう思う。やはり、朕自らが指揮して鎮圧した方が良いのであろうか?」


「はい、陛下。反乱軍には陛下の真意が伝わっていないのでは無いかと存じます。おそらく、間に入っている人間が、反乱軍の事を慮って、正しく伝えていないのでは。その為、自分たちの志を、陛下がお認めになることに、一縷の望みを持っているのでは無いかと思います」


「なるほどな。皇道派の連中か。では、連中に直接話を聞くとしよう」


 そして、皇道派の将官たちが宮城に呼ばれた。


 ――――


「陛下、この度は陸軍の青年将校達が引き起こした事件に付きまして、誠に遺憾に存じます。武力を持って自らの主張を押し通そうとするなど、言語道断にございますが、なにとぞ、彼らの崇高な志を汲んで頂きたくお願い申し上げます」


「荒木よ。陸軍大臣を通じて、速やかに鎮圧するように命令を出したが、伝わってはおらぬのか?それに、崇高な志というのは、朕の股肱の臣を殺害することか?」


「陛下。鎮圧のご命令につきましては承知しております。現在、決起部隊の説得を全力で行っている所にございます。それに、崇高な志とは、陛下に弓を引くことでは無く、皇国の害を取り除き、陛下に忠義を尽くす彼らの真心にございます」


 天皇は皇道派と言われる連中の頭を割って、その脳みそを顕微鏡で観察してみたい衝動に駆られた。法と秩序を蔑ろにし、股肱の臣や高城を殺そうとした“賊”に“崇高な志”などと、冗談にもほどがある。


『いかんいかん。過激な考えは、高城が書いた小説の影響だな』


 天皇は深呼吸をして自身を落ち着かせる。


「そうか。お前達はその“真心”が理解できるのだな。それは、反乱軍と一緒にこの計画を練っていたからでは無いのか?」


 荒木達は心臓を鷲づかみにされたように固まってしまった。たしかに、皇道派の将校から事前に相談はあった。決行の期日も連絡があった。しかし、それだけだ。この決起を主導したわけでは無い。


「へ、陛下・・・。そ、その様なことは決してありません。彼らが決起したことは、青天の霹靂でして・・・」


「そうなのか?」


 天皇は左手を軽く挙げて、侍従長に指示を出す。侍従長は一冊の報告書を取り出し、読み上げる。


「“野中(大尉)から明朝決行すると連絡があった。すぐに、彼らの行動を正当化する大臣告示を出さねばならぬ”“陸軍大臣を説得できぬか?”“首相が死ねば、すぐに組閣だ。眞崎大将に大命が下るように根回しをせねばな”」


「これは、五月十四日夜、眞崎の私邸で話されたことに間違いないか?」


「へ、陛下、そ、そのような会話は・・・・決して・・・・・」


「弁明は軍事法廷ですることだな。憲兵隊!この者達を逮捕しろ!反乱罪および大逆罪の疑いがある!」


「陛下!お、お待ちを!大逆罪など、そんな、陛下に害をなそうなどとは露程も思ってはおりませぬ!なにとぞご再考を!」


 眞崎陸軍大将、荒木陸軍大将、山下陸軍少将は逮捕され連行された。


 そして、皇道派と関係のあった将官および将校のほとんどが、その日のうちに自宅軟禁となった。


 眞崎大将らが“大逆罪”の容疑で逮捕されたことは、即日発表され、翌朝の新聞に掲載されることとなった。


 ――――


5月17日午前6時


<麻布駐屯地>


朝刊が大量に投げ込まれた。


「なんだと!眞崎大将閣下が大逆罪で逮捕だと!しかも、我々も大逆罪の共犯と書かれている!そ、そんなバカなっ!」


 この新聞報道を知った兵卒達が浮き足立ち始める。このままでは、自分も大逆罪に問われるのでは無いだろうか?もし、そんなことになれば、実家の両親や兄弟は生きては行けぬ。妹や姉は嫁ぎ先から離縁状を突きつけられる。そんな事はあってはならない。


 ※史実を下敷きにしたフィクションです。

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