第70話 クーデター(3)

1932年5月15日午前10時


 クーデターに参加した部隊は、ことごとく襲撃に失敗し、麻布駐屯地に立てこもっていた。


「なんと言うことだ!全て先回りされていた。首相公邸も高城邸も、もぬけの殻だ。どの部隊も襲撃に失敗するとは・・・・。しかも、近衛や宇宙軍の連中には、小銃弾も効かないというのはどういうことだ!」


「連中、防弾ガラスの様な楯を持っていた。その後ろから撃ってきたんだ。みんな、みんな、一方的にやられた・・・・。しかも、宇宙軍に行った部隊は毒ガスで全滅させられたようだ。なんと惨いことを・・・・」


 

 駐屯地に帰って来られなかった同士の多くは、射殺されたのだろうと皆思っていた。特に、宇宙軍に向かった者たちは毒ガスによって皆殺しにされてしまった。毒ガス(催涙ガスを含む)は国際法で戦争での使用が禁止されている。それを同胞に対してためらいも無く使用するなど鬼畜の所行。駐屯地には、宇宙軍への怒りとともに、手の打ちようのない事態への悲壮感が漂っていた。


「まだだ。今朝、陸軍大臣に決起文を届けることが出来た。これが陛下に伝わって、我々の純粋な真心をご理解頂ければ・・・・それに、大将閣下も我々に賛同をいただいている。まだ諦めるには早い」


5月15日午前10時30分


<宮城(皇居)>


 陸軍大臣が、事態の説明のため参内してきた。


 “謹んで惟(おもんみ)るに我が神洲たる所以(ゆえん)は万世一系たる 天皇陛下御統の下に・・・・遂に不逞凶悪の徒、簇出(ぞくしゅつ)して私心我慾を恣(ほしいまま)にし・・・・国体破壊の不義不臣を誅戮し・・・・・・・同憂同志機を一にして蹶起(けっき)し奸賊を誅滅して大義を正し・・・”


「以上が、本日決起した青年将校達の“決起趣意書”であります。なにとぞ、彼らの純粋な国を思う心を察して頂きたく存じます」


 陸軍大臣は、今朝方私邸に届けられた“決起趣意書”を長々と読み上げた。


 天皇は、その決起文を聞いた。聞くに堪えない身勝手な主張を、堪えて堪えて最後まで聞いた。そして、最後に陸軍大臣は、こともあろうに“彼らを理解して欲しい”と言ってきたのだ。


「大臣よ、お前は連中を理解できるのか?“不定凶悪の徒”や“不義不臣”とはいったい誰のことだ?」


「はい、陛下。それは、陛下を弑いそうとした“李奉昌”や、いわゆる“君側の奸”の事では無いかと・・・・」


「そうか。その通りだな。だが、足りない。武器を持って朕の股肱の臣を殺害しようとした連中のことを“凶悪の徒”と言うのでは無いか?そして“君側の奸”とは、その凶悪の徒に理解し示す高官の事では無いのか?どうなのだ?大臣!」


「はい、陛下。それはその・・・・・・」


 大臣は答えられない。


「陸軍大臣よ。暴徒を速やかに鎮圧しろ。まずはそれが先決だ」


 天皇は陸軍大臣に鎮圧を命じた。


 ――――


 続いて、高城蒼龍が参内し、天皇に奏上する。


「高城よ。良かった、無事で何よりだ」


「はい、陛下。ご心配をおかけ致しました。近衛師団および宇宙軍の兵士にも負傷者は出ていない模様です。また、捕縛した反乱軍兵士にも、催涙ガスによって目を痛めた者や重傷者はおりますが、死者は出ておりません。ただ、反乱軍の部隊を指揮していた数名の者が、ピストルで自決を図ったようです」


「そうか・・・。皆に怪我が無くて良かった。しかし、自決とは・・愚かなことだ。このような暴挙に出ること無く、真に国家のため忠義を尽くしておれば・・・・もっともっと活躍することが出来たであろうに」


「はい、陛下。誠に残念なことであります。それと、現在麻布駐屯地にて籠城している反乱軍を、近衛師団と宇宙軍で取り囲んでおりますが、これを陸軍部隊に引き継ぎ、撤収したいと考えます」


「しかし、陸軍は信用に足るのか?反乱軍に同調したりはすまいな?」


「はい、陛下。さすがに同調したり反乱軍に加わるようなことはないと思います。また、対峙するのが同じ陸軍同士であれば、万が一の不測の事態も防げるかと。反乱軍は宇宙軍を目の敵にしております。その“敵”が取り囲んでいては、冷静な話し合いも難しいかと存じます」


「確かにそうだな。それでは、近衛師団と宇宙軍は陸軍と交代し、撤収するように命令をだそう」


 高城蒼龍は、現在までに判明している反乱軍の情報や、その背後関係について天皇に説明を行った。




5月15日午後1時30分


<麻布駐屯地包囲網>


「陸軍の松山中尉であります。現時刻を以て、反乱軍包囲を引き継ぎます」


 麻布駐屯地を包囲している宇宙軍の指揮官に敬礼をする。


「宇宙軍の岩崎少尉であります。現時刻を以て、包囲任務を交代します」


 岩崎少尉が答礼する。しかし、松山中尉の視線が怖い。足の先から頭までじろじろと見られている。


「中尉殿。な、何かありましたでしょうか?」


 視線に堪えきれずに、問いかける。こんな至近距離から男性に見つめられたのは、初めてだった。


「あ、いや、申し訳ない。宇宙軍の兵士は女性ばかりと聞いていたが、本当に女性ばかりなのだね。それに、その“ちゃんちゃんこ”のような軍服は、もしかして防弾具なのか?」


 震災後のバスの運転手で見たことはあったが、実戦に投入されている女性兵士を見たのは初めてだったのだ。そして兵士達が着ている、もこもこした“ちゃんちゃんこ”のような服は、5月なので防寒というわけではなさそうだが、どうにも動きづらいように見えた。


「はい、これは防弾具であります。6.5mm弾でも貫通できません」


「えっ?小銃弾も通さないのか?中には鉄が入っているのか?しかし、それだと重たくなりすぎて動けないのでは?」


「いえ、中身は特殊な繊維で出来ているので、それほど重たくはありません。といっても10kgくらいはありますが。最近、宇宙軍にて開発されました」


「そうなのか。是非とも陸軍でも採用したいな。それと、地面に立てているこの透明な楯は防弾ガラスか?」


「いえ、これはポリカーボネートというものです。重さはガラスの二分の一で、強度は200倍あるそうです」


「えっ?何かの間違いでは無いか?本当に200倍なのか?」


「はい、200倍と聞いております」


 反乱部隊と近衛師団・宇宙軍との間で銃撃戦があり、一方的に反乱部隊が撃退されたと聞いたときは、同じ陸軍軍人として“情けない”と思ったが、これだけの装備の差があれば、それは当然のことなのかも知れない。


「岩崎少尉。もしよければ、今後も情報交換をさせてはいただけないだろうか?私は赤坂駐屯地に詰めている」


「は、はい、中尉殿。よろこんで」


 松山中尉は独身だった。

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