第69話 クーデター(2)

「実行は五月十五日午前3時か・・・」


 5月15日東京市の日の出は5時前後なので、明るくなる頃までに主要な要人や要所を押さえる計画のようだ。


 襲撃目標は、首相をはじめとする各大臣、侍従、内務省、警視庁、新聞社、ラジオ局他と、多数にのぼっている。


1932年5月14日21時


 <陸軍麻布駐屯地>


 歩兵第三連隊


「我々は、明朝三時を期し、君側の奸を襲撃し、以て国民の暗雲を一層せんとする」


 中隊長は隊員を前にして檄をとばす。


「我が隊は、二手に分かれ、宇宙軍高城大尉と宇宙軍本部を襲撃する。諸君は、己の信じるところによって、天皇陛下を、国家を私物化しようとする逆賊の排除を完遂して欲しい。これは、昭和維新である!」


同時刻


 <陸軍大将私邸>


 数人の陸軍大将、中将、少将が顔をつきあわせている。


「いよいよ始まるな。青年将校達が行動を起こしたら、すぐに行動を正当化する大臣告示を用意できないか?陸軍大臣を説き伏せて欲しい。これは、我々皇道派の為、そしてなにより天皇陛下の為だ」


 皇道派の陸軍幹部達は、この決起によって首相を排除し、陸軍皇道派を中心とした臨時内閣を成立させる準備をしていた。(※二・二六事件においての史実と言われる)


同時刻


 <宮城(皇居)>


「それでは、皆、決して死ぬことの無いように。」


 天皇は、近衛師団の指揮官達と宇宙軍の高城大尉に向けて訓示を述べる。


 出動する近衛師団と宇宙軍の兵士には、開発されたばかりのボディーアーマーが支給された。至近距離からの三八式実包6.5mm弾を防ぐことが出来る、かなり分厚いものだ。


5月15日午前2時30分


 陸軍麻布駐屯地


「我々は皇国の将来のため、現時刻を以て昭和維新を実行する!日本の運命は諸君の双肩にかかっている!」


 隊員を前にして昭和維新の決起文を読み上げる。そして、各部隊は各々目的の襲撃地点に向けて出発をした。


5月15日午前3時


 <首相公邸>


「よし、このまま公邸に突入するぞ!」


 陸軍部隊約20名が首相公邸に押し入ろうとする。


「動くな!武器を捨てて速やかに投降しろ!」


 突然、拡声器を通した大きな声が響く。そして、数台の投光器による光によって、突入しようとしていた陸軍部隊は露わにされた。


「我々は近衛師団である。武器を捨てて速やかに投降しろ。これは、天皇陛下の勅命である」


 陸軍部隊に動揺が走る。計画は既に露見していたのだ。


 投光器の周りには、兵士と思われる数十人の人影が見える。明らかにこちらの戦力を上回っている。


「く、くそっ!貴様ら、君側の奸に操られて、それで良いのか!天皇陛下は嘆かれているぞ!」


「愚かなり。陛下の御心をわかっておらんのは貴様らの方だ。今なら間に合う。抵抗をやめて投降しろ!」


「くっ・・・こうなったら首相だけでも討ち取るぞ!お前達は公邸に突入しろ!」


 バンバンバンッ!


 部隊の一部を公邸に突入させ、自分たちはここを死守する為に近衛師団に対して発砲を開始する。しかし、近衛師団は誰一人倒れるような気配が無い。


「愚かな・・・。反乱軍を鎮圧する。撃てっ!」


 部隊長は発砲を命じる。


 バンバンバンッ!


 陸軍部隊は銃撃を受けて、次々と倒れていく。こちらの兵は倒れていくのに、いくら撃っても近衛師団の兵は倒れる気配が無い。一方的な戦いだった。


 <公邸内>


「なんだとっ?誰もいないだと?」


 既に首相は避難をしており、公邸はもぬけの殻だった。


「一度麻布まで撤退する。駐屯地で籠城だ!」


5月15日午前3時30分


 <高輪 高城邸>


 20人ほどの陸軍部隊が高城邸に突入する。そして、布団の敷いてある部屋を見つける。敷かれている布団は一組。頭まで掛け布団をかぶり、熟睡しているようだった。


 高城家は、妹の桜子は既に嫁いで家を出ている。両親であれば、二人分の布団のはずだ。一人で寝ているということは、高城蒼龍本人に間違いない。


「いい気なものだな・・。天誅!!」


 部屋に侵入した兵士が布団に向かって小銃を発射する。そして、一斉射が終わり、布団をめくって確認をする。


 そこには「ハ・ズ・レ」と大きく書かれた丸太が横たわっていた。


「く、くそっ!バカにしおって!計画が漏れている!このままでは囲まれるぞ。一度麻布まで撤退だ!」


5月15日午前3時30分


 <宇宙軍本部>


 陸軍40名の部隊が宇宙軍本部へ進軍してくる。街はまだ寝静まったままだ。


 正門を破り、宇宙軍の本庁舎を目指す。


「宇宙軍本部を占拠する。抵抗するものは射殺しっうっぐっうぉっ!!」


 ポンポンポン、シューーーー


 突然あたりが煙に包まれる。そして、目と鼻と喉の粘膜に強烈な傷みがはしる。


「な、なんだ、ゴホッゴホッ、これは!?ゴホッ、毒ガスか?」


 パンパンパンパン!


 身動きかとれなくなった部隊に対して、周りから銃撃が加えられる。傷みで目を開けることが出来ない。もし反撃をしたら、味方を撃ってしまう。この状態は既に”詰み”だ。


 一斉射が終わると、スピーカーから声が聞こえてくる。


「反乱軍に告げる。無駄な抵抗を止めて、武器を捨てて投降しろ。これは勅命である」


 女性士官の声だ。


「ゴホッゴホッ、バカにしやがっゴホッゴホッ」


「返事も出来ないのか?軟弱な連中だ。では、投降の意思のある者は地面に伏せて両手を頭の後ろに組め。そうしないものに対しては銃撃を続ける」


 意識の無いものを除いて、ほとんどの者は宇宙軍の勧告に従った。そして、部隊を率いていた中隊長のみ、拳銃で自決をする。


 こうして、宇宙軍本部での戦闘はあっけなく終わった。


5月15日午前6時


 目的を達成できないまま、陸軍部隊は次々に麻布駐屯地に引き返してくる。そして、有刺鉄線を敷き、籠城の構えを見せる。


同時刻


 近衛師団や宇宙軍に撃たれた陸軍兵士達が、続々と病院に運ばれてくる。


 反乱軍を撃った銃は、12ゲージの散弾銃にゴムスタン弾を使用したものだ。当たり所が悪くなければ死ぬことは無いが、それでも、十分骨折くらいはする。当たれば、もう作戦行動を続けることはできない。


 また、兵士には30mm厚のポリカーボネート製シールドが用意されていた。かなり重量が有り据え置き型のため待ち伏せ専用だが、至近距離からでも6.5mmでは撃ち抜くことが出来ない。


 十分な準備と防御によって、近衛師団と宇宙軍には死者も負傷者も出ていない。


 反乱は、一方的に鎮圧に向かっていた。

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