第66話 ロンドン海軍軍縮会議
1930年1月~4月
ロンドンにて、海軍軍縮会議が開催された。
1922年に締結されたワシントン海軍軍縮条約では、巡洋艦以下の艦艇の建造数に関して制限が無かったが、兵装や機関の高性能化もあり、無視できない戦力になったことと、潜水艦の規定が無かったため、イギリスの提唱により開かれることとなった。
史実では、海軍軍令部が条約の締結に反対していたにもかかわらず、政府が締結を行ったため、後の“統帥権干犯問題”を引き起こすことになる。
アメリカも、1929年に発生したウォール街大暴落によって、景気の先行きが不透明だったことも有り、この軍縮条約には並々ならぬ決意を持って参加してきていた。
「この度の軍縮会議は、是非ともまとめてきて欲しい。国家予算は出来るだけ、国民の生活向上の為に使いたい」
天皇は、その思いを首相と海軍大臣に託す。
この時海軍内では、海軍大臣をはじめとする海軍省は、条約締結に前向きな“条約派”が多数を占めていた。しかし、軍令部は条約に批判的な“艦隊派”によって占められていたのだ。
この世界線でも史実と同様に、概ね対英米70%の保有トン数で妥結した。ただし、日本はソ連とシベリアの領土問題を抱えているので、3年に一度の見直しを条約の条件に入れさせた。
ソ連と戦争の機運が高まった場合、海軍増強の道を残すためだ。
――――
「統帥権の干犯だ!」
帝国議会で「犬養毅」と「鳩山一郎」が叫ぶ。
※鳩山一郎は鳩山由紀夫の祖父
彼らは、軍令部が反対しているにもかかわらず軍縮条約を締結してきたのは、“天皇の統帥権を侵している”と主張したのだ。
そして、一部大手新聞がその主張の後押しをする。
帝国憲法には、「軍の装備や予算は天皇が決める」と書かれていて、軍に関する項目は、内閣の補弼を必要としなかったのだ。つまり、天皇の統帥を代行している軍令部の意見を聞かなかったのは、天皇の統帥権を軽んじているという理屈だ。
犬養と鳩山は、確固たる信念があったわけでは無い。濱口内閣を引きずり下ろすことが出来れば、理由など何でも良かった。
そして、犬養と鳩山の詭弁に影響された青年によって、当時の濱口首相が東京駅にて銃撃された。
銃撃したのは右翼団体の青年だった。犯人は、「濱口は天皇陛下の統帥権を犯した大罪人だ!」と述べている。
この事件を受けて、天皇は「軍縮会議は朕が内閣に全権を任せたものであるので、統帥権の干犯にはあたらない」との勅諭を発表する。しかし、この勅諭に対して一部新聞は「君側の奸」の仕業によるものとの記事を掲載する。そして、マスコミによる“奸”探しが始まった。
重傷を負った濱口首相が辞任し、第二次若槻内閣が発足する。しかし、若槻内閣も統帥権干犯問題で、犬養と鳩山の追求を躱すことが出来ず、早々に辞任してしまう。そして、犬養毅が内閣総理大臣に就任することとなった。
※史実では、若槻内閣は満州事変への対応に指導力を発揮することが出来ず、総辞職をしている。この世界線では柳条湖事件も満州事変も発生しないが、統帥権干犯問題を収拾させる事が出来ず、短期で総辞職に至る。
しかし、内閣総理大臣に就任した犬養毅は国家の財政状況を把握すると、とてもでは無いが海軍予算の増額など出来ないと悟った。そして、軍事予算の削減に踏み切るのだが、最終的に、これが五・一五事件を後押しすることになる。
――――
「政治家って、何時の時代でもすることは変わらないね。与党を攻撃するためなら、どんな屁理屈でもこねてくる。犬養毅なんか、“統帥権の干犯だ!”とか言って、海軍将校の人気をとったのに、結局政権についたら現実に直面して、予算削減を実行したものだから、海軍将校に暗殺されるんだよね。それ以外にも原因はあるけど、まあ、自業自得だよ」
「あんた、犬養毅を見殺しにするつもり?」
「五・一五事件が史実通りに起こるかどうかは解らないけど、一応アンテナは張っておくよ。史実では、五・一五事件の後から、統帥権干犯を理由に、政治が軍事に口を挟めなくなるからね。それだけは避けたい」
「あんたも狙われるんじゃ無いの?」
「そうかもね。まあ、ルルイエ機関から何人か警備に来てもらってるし、大丈夫なんじゃ無い?」
※ルルイエ機関とは宇宙軍内の特殊部隊
――――
1932年2月~3月
血盟団事件が発生する。
この事件によって、井上準之助(政治家)と團琢磨(三井財閥総裁)が殺害される。
この世界では、昭和金融恐慌は、恐慌と言えるほどの混乱は無かったが、それでも、ある程度の中小銀行が統廃合の憂き目にあっていた。その際に、三井財閥が財を成したとの噂話を信じた血盟団によって殺害されるのである。
そして、この血盟団の残党と、海軍青年将校が一緒になって五・一五事件を起こすことになる。
――――
「こんな事件が発生していたとは知らなかった・・・。もしかして、史実では発生しなかった事件が、今世では発生したのかな?」
高城蒼龍は、この血盟団事件のことを、前世で全く読んだことが無かったのだ。もし、知っていたなら、防ぐことができたかと思うと残念だったが、もしかしたら、起こらなかったはずの事件が、歴史の改編によって起きてしまったのだろうかと思う。
「ん?この事件は前世でも起こってるよ。わたし、知ってる」
リリエルが、事もなげに言う。
「え?知ってたんだったら教えてよ!対策取ったのに」
「まさか、あんたが知らないなんて思わなかったわよ。まあ、たまたま私が知っていたと言うだけで、この時代の歴史にはそれほど詳しくはないんだけどさ」
5月15日が近づいてくる。
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