第67話 桜田門事件

1932年


 史実ではこの年の1月8日、武装組織“韓人愛国団”に属する“李奉昌”が、天皇の馬車に手榴弾を投げ入れるというテロを起こしている。


 高城蒼龍はこの事件を防ぐため、李奉昌に尾行をつけ、監視していることをそれとなく匂わせた。


 李奉昌も監視対象になっていることに気づき、史実で発生した“桜田門事件”は発生する事無く、二ヶ月が経過する。


「李奉昌の暴走を防ぐことが出来たみたいで良かったよ。何もしてないのに、予防的に逮捕なんて出来ないしね。でも、このまましばらくは監視を付けておこう」


 高城蒼龍は、念のため李奉昌にもうしばらく監視を付けることにした。


 そして4月10日、東北の凶作について特別予算を組むための臨時帝国議会が開催されることとなり、その開会式に出席するために天皇は馬車で宮城(皇居)を出発し、国会議事堂(仮議事堂)に向かう。


 その日、李奉昌は新橋駅を下車し、徒歩にて虎ノ門を通り桜田門へ向かった。そして、宇宙軍ルルイエ機関の男性兵士二人が後を追う。


 李奉昌は両手をコートのポケットに入れたまま、早足で歩いている。ポケットには、卵を一回り大きくしたようなこぶし大の“何か”が入っているようだった。


 桜田門付近では、天皇の馬車が通るため警官が交通整理を行い、皇居外周の道に一般人が入らないようにしている。天皇の馬車を一目見ようと、ある程度の人数の人垣が出来ていた。


 李奉昌は人垣に紛れ、出来るだけ前に進もうとしていた。ルルイエ機関の士官も、それに続いて群衆に入っていく。


 そして、馬車の車列が桜田門から出てきた。この時、天皇は3番目の馬車に乗車していたが、傍目には何番目が御料車かはよくわからない。


「やる気だな。ポケットに入っているのは手榴弾か?」


「ああ、そのようだな。取り押さえるか」


 一台目の馬車が目の前を通り過ぎ、二台目が目の前に来たときに李奉昌はポケットから手を出す。そして、右手に握った手榴弾のピンを抜こうとした瞬間、


「動くな」


 屈強な男が両側から、それぞれ李奉昌の右手と左手をつかんだ。


「ぐっ・・・・」


 李奉昌はそのまま群衆から連れ出され、近くの警察官に引き渡される。


「宇宙軍の嶋村軍曹であります。この暴漢が手榴弾を投げ込もうとしたので取り押さえました」


「ご協力に感謝致します」


 警察官は敬礼をしながら謝辞を述べるが、顔面は蒼白で有り脂汗を流していた。これだけ厳重に警備をしていたにもかかわらず、暴漢の侵入を許し、さらに、それを確保したのも警察官では無く軍人だった。これでは、警備の不手際を責められても仕方が無い。


 当日は、何もなかったかのように臨時議会も開かれ、その後天皇は無事宮城に帰ることができた。


 そして、この事件は翌日発表され、翌々日の新聞に掲載されることになる。


 当時の警視庁は内務省の管轄であった。


「内務大臣から辞任の申し出があったようだが、事前に防ぐことができ事なきを得たのだから辞任には当たらないと伝えてくれ」


「はい、陛下。陛下の寛大なご配慮に感謝致します。内務大臣には、これまで以上に職務に邁進するよう伝えます」


 今回の件で参内していた、犬養首相が深々と頭を下げる。


 ※史実では、この後も半島出身者によるテロ事件が続発する。


「ところで犬養よ。今回半島出身者によるテロ未遂事件が発生した。その昔、伊藤大勲位(伊藤博文)も半島出身者の凶弾に倒れておる。どちらも日本が半島を支配していることに起因しているのは明白であろう。今後、ロシアや清帝国のように、半島を独立国とし安全保障条約によって友邦としてはどうであろうか?半島では米の生産高も上がり、内地からの持ち出しが無くともやっていけるようになったと聞く。是非とも、検討してもらえないだろうか?」


 朝鮮独立に関しては、ワシントンでの九カ国協議の際、日本からのカードとして用意していたが、うやむやの内に立ち消えになった経緯があった。


「はい、陛下。九ヵ国条約の際に、一度議題に上ったと聞いてはおりますが、その後、全く議論が進んではおりません。すぐにすぐという訳にはいかないと思いますが、軍を説得し、陛下の意向に添えるよう、全力を尽くしたいと存じます」


「犬養よ。奇妙なことを言うのだな」


「はい、陛下。そ、それは、どういうことでございましょうか?」


「軍は統帥権の下にあるのだろう?朕が半島の独立が良いのではと諮問しているのに、なぜ、その統帥権の下にある軍の説得が必要なのだ?そもそも、貴様の考えであれば、陸軍海軍大臣も廃して、参謀本部も軍令部も必要ないのだろう。朕が直接指揮を執れば良い事では無いのか?」


「はい、陛下。い、いえ、決してそのような事は・・・・」


 犬養は、自身が“統帥権の干犯”問題を作り出したことに対しての“嫌み”だと理解する。天皇は、その事にかなり“不快感”をもたれていると。


「まあ良い。半島を領有することで、これからも政治家や皇族の命が狙われるのであれば、なんとか解決せねばなるまい。よくよく根回しをして、何としてもやり遂げて欲しい」


 犬飼は早速朝鮮半島の独立について、閣議での俎上に載せる。


 ――――


「海軍大臣から聞いたが、朝鮮の独立がついに動き出すらしいな」


「それは本当ですか?日露戦争で、多くの犠牲を出して獲得した権益を、こうも易々と手放すとは・・・。陛下はいったい何をお考えになられているのでしょうか?」


「陛下のお考えでは無いかも知れぬな。誰かの入れ知恵なのではないか?」


「まさか、それは例の・・・」


「ああ、宇宙軍の高城大尉だろう。陛下のご学友という立場を良いことに、国政にも口を出すなど言語道断だ」


「くっ、まさに君側の奸ですな。やはり・・・」


「早まった行動は起こすなよ。我らは軍人だ。軍規に従って行動せねばならぬ。まあ、しかし、“万が一の事”が起きたとしたら、その気持ちはよく理解できる。その気持ちを汲んでもらえるよう、最大限努力はするがな」


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