第58話 清帝国樹立(2)

「なぜだ!こんな憲法が認められるか!これではまるで共和制ではないか!」


 川島芳子からもたらされた清帝国憲法草案を見て、愛新覚羅溥儀は怒鳴り散らす。愛新覚羅溥儀は、清帝国は当然に“帝政”であると思っていた。しかし、憲法では皇帝の権限はことごとく制限され、内閣が決めたことを承認するだけだ。公的な発言も、全て内閣の許諾を得たものに限定されていた。


「はい、陛下。その通り共和制です。なにかご不満でも?」


 川島芳子は“おまえはバカなのか?”という風な目で愛新覚羅溥儀を見る。


「顯玗!お前は誰の味方だ?忠誠は朕に向いていると言ったではないか!」


「はい、陛下。もちろんです。しかし、それは満洲民族の統合の象徴としての陛下に対してです。もし、ご自身が親政(皇帝が自ら政治を行うこと)をなさりたいのであれば、その限りではありません。立憲君主制は、20世紀に於いて王族が生き残れる唯一の方法だとご理解ください」


 ※史実に於いても、愛新覚羅溥儀は帝政にこだわった。そして、それは関東軍の思惑とも一致し、満洲国は専制君主制に近い政体になったのだ


「立憲君主制では、皇帝に何の意味がある?朕にお飾りになれというのか?朕はこんな国の皇帝にはならぬ!」


 芳子はほとほと呆れた。


「そうですか、残念です。それではそのように致しましょう。皇帝には別の者を立てます。もしくは、よく似た影武者でも良いですね。いずれにしても、役に立たなくなった“お飾り”は廃棄処分に致します」


 芳子は素人でも解るくらいの殺気を放ち、愛新覚羅溥儀をにらんだ。


「ま、待て顯玗。お、お前は正気か?誰か!誰かこの逆賊を捕まえろ!」


 溥儀は叫ぶが、当然誰も来ない。


 芳子は溥儀に近づき、その胸ぐらをつかんだ。


「ひとついいことを教えてやろう。お前のレゾンデートル(存在意義)は飾りであることだけだ。それを喜べ。まだ自分には、お飾りほどの価値があったと言うことをな。飾りはしゃべらない。飾りは考えない。国民を美しく飾ることだけに専念しろ」


 その、すさまじい殺気のこもった芳子の言葉に、溥儀が逆らえるわけが無い。溥儀は無様にガタガタと震えながら失禁していた。


「それと、婉容(えんよう:溥儀の正妻)と文繡(ぶんしゅう:第二夫人)とは離婚してもらう。婉容はアヘン中毒だ。文繡も皇帝の妃にはふさわしくない。二人は日本が引き取って、静かに暮らしてもらうことになる。解ったな。これが本当の最後のチャンスだ」


 そして、溥儀は新憲法を受け入れた。


 史実では、婉容は重度のアヘン中毒によって、最後は独房で糞尿にまみれ狂い死にしている。文繡もまた、誰にも看取られず、餓死してしまう。高城蒼龍は、時代の激流に飲み込まれて、溥儀から愛されることも無く、不幸な最期を遂げる二人を見捨てることは出来なかった。


 こうして、1928年2月1日、清帝国が樹立される。初代皇帝は愛新覚羅溥儀だ。


 ※清国は中華民国に継承されているので、清帝国は新しく独立した国家とした。


 同日、憲法が公布施行され、極東で3番目の立憲君主制の国家となった。


 続いて、清帝国国民の確定作業が開始される。満洲民族には、当然清帝国の国籍が付与されたが、それ以外の民族に対しては、清帝国の国籍を得て元の国籍を喪失するか、元の国籍を保持しつつ、清帝国国民とほぼ同等の権利を有する“永住許可”を得るかの選択が提示された。


 永住許可者の権利は、国政選挙への参加は認められないが、地方選挙への参加は認められ、その他、社会福祉や行政・経済活動で差別されることはない。ただし、強盗や殺人、放火や強姦などの重要犯罪で刑が確定した者は、服役の後強制送還されることになる。


 当時の満洲は、満洲族が約400万人、漢民族が2300万人程度だったとされる。圧倒的に漢民族が多数を占めていたのだ。


 そして、満洲に住む多くの漢民族が、中華民国の国籍を維持しつつ、清帝国の永住権を選択した。その方が、万が一の時に中華民国に帰ることが出来ることと、中国と清の両方で商売をするには有利だと判断したのだ。


 選挙権については当面、中等教育を受けた25才以上の者とした。当時の満洲の識字率は10%も無く、ほとんどの住民は教育を全く受けていなかったからだ。


 また、地方の馬賊は武装解除され、頭目達はその支配地域の県知事となった。これは、日本の廃藩置県のプロセスを参考にしたものだ。まだ法律が整備されていないので、それまで権力の範囲は地域の行政と警察力、そして徴税権となる。


 1928年3月20日


 第一回議会総選挙が実施された。


 議員は、ほとんどが満洲旗人で占められた。旗人とは、満洲族の中の武士階級のようなものだ。そして、次々と法律が制定されていく。


 法律の制定に当たっては、日本とロシアから法律顧問が多数派遣され、助言を行った。法律のベースは日本の法律を参考にしている。当時の日本の法律は、全て漢語の書き下し文で書かれていたので、翻訳作業もスムーズに行えた。


 また、法律の施行と平行して汚職の摘発も苛烈に進めていく。当初、県知事となった馬賊の頭目達は、それまでやってきていたままに、賄賂や汚職を当然の権利として実行していた。それは、法律が施行された後も、やめることなど出来るはずが無い。


 そして、川島芳子の調査によって、次々と摘発されていった。


 しかし、摘発したことを民衆に正確に伝える方法が無かった。民衆のほとんどは文字が読めないのだ。そこで川島芳子は、民衆にわかりやすく伝えるために、劇団を組織する。


 その名は「満洲歌劇団」。


 日本の宝塚歌劇団を参考にした、女性ばかりの劇団だ。


 汚職によって首長が摘発された都市を中心に、無料公演を行った。どのように捜査をして首長の悪事を暴き、民衆を助けたのかを、相当に脚色を加えて公演する。そして、その捜査機関に陰から指示を出すのは、必ず皇帝その人であるとアピールした。民衆は、愛新覚羅溥儀へ拍手喝采をするのであった。


 こうして、人心の掌握を進めていく。


 そしてその頃、宇宙軍本部に一人の陸軍参謀が訪れる。石原莞爾であった。

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