第57話 清帝国樹立(1)
遼東湾に上陸した清帝国軍は、奉天に向けて進軍を開始した。上陸に当たっても進軍途中も、張作霖軍の抵抗はなかった。
張作霖は、奉天に戦力を集中し、決戦に於いて清帝国軍を撃滅する作戦を立てる。そして、満洲全土に配置された各地方軍の司令官と25万の兵士に、奉天への移動を命じたのだが、ここで、張作霖にとって大きな誤算が生じる。
各地の地方軍が、誰一人奉天に駆けつけなかったのだ。
「くそっ!あいつらめ!調子の良いときだけすり寄ってきて甘い汁を吸ったくせに、いざというときは裏切りか!」
張作霖は地団駄を踏む。
もともと、満洲に存在する北洋軍閥軍とは、軍隊と名前が付いているが、地方の馬賊(自警団や地方有力者の私兵)の集合体であった。だれも、張作霖に忠誠など持っていない。
さらに、事前にKGBと宇宙軍ルルイエ機関の調略が浸透していた。馬賊の頭目には、清帝国樹立後は武装解除と引き替えに、身の安全とある程度の地位を保証する事を約束して、既に恭順させていたのだ。
清帝国陸軍7万は、何の抵抗もなく奉天まで迫った。奉天に立てこもる張作霖軍は2万人足らず。勝敗の行方は明らかだ。
そして張作霖の元に、愛新覺羅顯玗(川島芳子)が清帝国軍参謀本部の大佐として訪れる。
「初めまして、張閣下。清帝国軍大佐の愛新覺羅顯玗です。清帝国皇帝陛下と蒋(介石)司令官からの親書をお持ちしました」
「ふん、誰かと思えば、川島芳子か。お前の養父(川島浪速)も清の復活に躍起になっていたな。あの廃帝(愛新覚羅溥儀)に、本当に国家の舵取りが出来ると思っているのか?それに、もうすぐ満洲全土から援軍が到着する。そうすれば、形成は逆転するぞ。余裕を持っていられるのも今の内だけだ」
張作霖は、精一杯のブラフを言ってみる。
「閣下、本当に援軍が来ると思っているのですか?」
「なんだと?」
「満洲の全ての頭目達は、既に我々に恭順しています。閣下をお助けに来ることは、未来永劫ありません」
「ばかな!お前達は既に手を回していたというのか?だから、連中は命令に従わなかったのか?」
「はい、閣下。戦いとは、火ぶたを切る前に勝敗は決するものです。偉大なる漢民族の先人、孫武の書いた“孫子の兵法書”にもあるとおりです」
「そうか。最初から我々に勝ち目は無かったのだな・・・・。頭目達の調略もお前がやったのか?」
「はい、ボクが立案し実行させました」
本当は高城蒼龍からの指示だが、細かいことは言わなくても良い。相手が自分たちのことを、敵わぬ脅威と認識すれば成功だ。
「ふん、ずいぶんな雌狐に成長したものだな」
「褒め言葉として頂戴いたします」
そして、芳子は張作霖に親書を渡す。張作霖はすぐに開封し、芳子の目の前で読み始めた。
「内容については聞いているのか?」
張作霖が芳子をにらむ。
「はい、閣下。内容はボクが草案を作ったので、もちろん知っています」
「何?これもお前が作っただと?」
「はい、ボクが作りました。つまり、そういう事です」
蒋介石からの親書は、北洋軍閥を率いて恭順すれば厚遇するという内容だった。また、愛新覚羅溥儀からの親書の内容も、ほぼ同じものだ。
「閣下には、3つの選択肢があります。我々に降るか、蒋司令官に降るか、もしくは、ここで戦って死ぬかです」
芳子の表情には、微塵の不安も無い。張作霖にとって、芳子を捕縛して見せしめに処刑することなど造作も無いことのはずだ。しかし、芳子からは絶対の自信がにじみ出ている。その表情は“これを全て計画したのは私だ、そして、お前の殺生与奪の権利も握っている”と言わんばかりだ。
「しかし、私が軍を率いて降ったとしても、いつか寝首を掻かれるとは思わないのか?」
「清帝国では、有能な人間を必要としています。民衆から吸い上げるだけだった馬賊を駆逐し、そして、民に安寧をもたらし富ませることで、国家の安全と発展を手に入れることが出来ます。その理想を、閣下はご理解頂けると信じます。その為に、閣下のお力を使って頂けないでしょうか?」
張作霖は腕を組んでしばらく思案している。
「いや、やはり蒋介石の方に行くとしよう。満洲人にこき使われるのはこりごりだ」
こうして、張作霖は配下の部隊を引き連れて、蒋介石に降ることになった。
――――
張作霖は、地方の馬賊にも声をかけたが、ほとんどの者はついてこなかった。みな、今支配している土地を手放したくないのだ。結局、蒋介石に降るのは、張作霖とその部隊だけだったが、家族も引き連れていくので、まあまあな人数になった。
移動の日。
張作霖の部隊が、移動途中で略奪をしないように、十分に食料を与えて送り出す。兵士の家族も移動するので、その数は5万人以上に及んだ。
――――
愛新覚羅溥儀は、清帝国の首都となる“長春”に家族とともに入った。溥儀はそこで、市民と清帝国軍、そして関東軍の歓迎を受けた。
溥儀は思った。
『やはり、民衆は私を待ち望んでいたのだ!』と
――――
そして、宇宙軍にて清帝国憲法の草案が作られた。内容は、ほぼロシア帝国正統政府の憲法と同じだが、より明確に皇帝の権限を制限している。これは、伝統的に中華思想では、権威と権力の合理的な分離という発想が無いため、皇帝が政治に介入する可能性を排除したのだ。
※中国に於いて権威と権力が分離するケースは、王朝末期で帝位の簒奪が行われる直前くらいだった
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