第55話 男装の麗人(1)

「陸軍大臣。先日の漢口の件だが、日本人の犠牲は事故によるものとの事だったが、それは事実か?逃げ遅れた人たちが、暴徒によって殺害されたのではないのか?」


「は、はい、陛下。いえ、じ、事故による犠牲と報告を受けております」


 陸軍大臣は明らかに動揺を隠せていない。


「そうか。ある情報筋によると、8名の死者と100人以上の重軽傷者が出たそうではないか。また、日本軍の反撃によって、中国の民衆に数百人以上の死者が出ていると。先日の大臣の報告とは全く違うが、これは、朕がだれかから騙されていると言うことだろうか?」


 陸軍大臣は焦る。陛下が得ている情報は、自分自身が受けている報告と同じものだ。陸軍内部に情報を漏らした者が居る・・・。いや、海軍からかもしれない。


「はい、陛下。いえ、その、情報というものは、どこかでねじ曲がってしまう可能性があります。もう一度、現地に問い合わせて間違いがないか確認いたします」


 天皇は、内心怒りに満ちていた。なぜ、事実を報告しないのか?天皇である私に嘘をついて、なぜ、平気なのか?昔、高城が言っていた言葉が思い出される。


『誰も事実を伝えなくなっていたのです』


「わかった。それでは、“もう一度だけ”正しい報告を待つとしよう」


 ――――


 翌日、陸軍大臣が参内し報告をする。


「陛下。大変申し訳ありませんでした。現場の情報が錯綜しており、正しく情報が伝わっていなかったようであります。実際には、民間人に8名の死者が出てしまい、それを助けようとした我が軍が暴徒に発砲し、暴徒に相当数の死者が出た模様です」


 隠しきれないと悟った大臣は、報告が正確では無かったのは“現場の混乱のせい”にした。


「そうか、現場の混乱によって、正しい情報が参謀本部に届いていなかったのだな?」


「はい、陛下。お恥ずかしながら、そのようにございます」


「そうか、それなら致し方ない。しかし、大臣も中国が危険であるということがわかったであろう。外務省が中心になって、蒋介石に清帝国の独立と、共同して共産主義勢力に当たることを認めさせたのだ。ここは朕の提案の通りの内容で閣議を通してもらえないだろうか?現地資産も、今ならアメリカが良い値で買い取ってくれるかもしれぬ」


 天皇は大臣に対して呆れていたが、かろうじて大人の対応をする事ができた。


「はい、陛下。御意にございます」


 こうして、満州を除く中国大陸から、日本人の撤収が決まった。租借地自体は日本のものだが、そこにある資産や経済活動をする権利を、租借地ごとに競売にかけることとなったのだ。


 また、満州を実効支配している張作霖に対し、今後は援助を行わないことも決定された。今まで日本軍を後ろ盾にしていた張作霖にとっては、まさに青天の霹靂であった。日本軍は張作霖からの報復を懸念して、満州鉄道沿線や満州における日本人居留地の警備を強化する。


 それと同時に、天津にいる愛新覚羅溥儀に、張作霖討伐の詔を出してもらうように画策をした。


1927年6月


 天津日本人租界


「陛下への謁見をお許し頂き、誠に光栄に存じます。お久しゅうございます。4年前の北京以来ですね」


 大日本帝国宇宙軍の制服を着た軍人が、愛新覚羅溥儀を訪ねてきた。身長は150cmくらいの小柄な女性だ。


「君は、“顯玗(けんゆう)”かい?女を捨てたと聞いていたが、日本の軍人になっていたんだね」


「はい、陛下。北京で陛下に謁見させて頂いた後、しばらくしてボクは女を捨てました。今は、男でも女でも無く、ただ一人の満州人として、清帝国復活の為に動いています」


 愛新覚羅溥儀の元を訪れた宇宙軍の軍人は、「愛新覺羅顯玗(あいしんかくら けんゆう)」。彼女は、清帝国の皇族として生まれたが、8才の時に日本人「川島浪速」の養女になる。父の愛新覚羅善耆が、当時懇意にしていた川島浪速に「君におもちゃをあげよう」と言って、養女に出したのだ。そして、日本名「川島芳子(かわしまよしこ)」を名乗ることになる。


 そして川島芳子は17才の時にピストルで自殺を図る。一命は取り留めたが、それ以降、女を捨てて生きることにしたのだ。自殺の理由は、養父の川島浪速に「おもちゃ」にされたからと言われている。


『数奇なことだな』


 中国こそが世界の全てで有り、その全てを手にしていたと信じて疑わなかった男が目の前にいる。そして今、その男を野望の為に利用しようとしている自分がここにいる。


 川島芳子は今までの自分を振り返って口角を上げた。


 8才。清帝国の皇族の一人として生まれた自分が、日本人の養女に出された。その時には辛亥革命の後で、皇族と言っても何の権限も無かったのだ。


 そして、川島家の養女として育てられた。養父は学校に通わせてくれて、普通の日本人の少女として育ててくれた。芳子は17才の時、陸軍松本連隊に所属していた山家亨(やまがとおる)少尉と恋仲になった。しかし、その事を知った養父は、嫉妬に狂ったのか、理由は定かでは無いが、芳子に手を付ける。


 そして、芳子はピストルで左胸を撃ったのだ。


 弾丸は奇跡的に心臓や重要な血管を外れ、一命を取り留めた。


『なぜ生きているんだろう・・・』


 病院のベッドで芳子は自問する。清帝国の皇族として生まれ、国が滅び、日本人に“おもちゃ”として与えられ、恋をすることも許されず、私の人生に一体何の意味があるのだろうか?


 そして、そんな時に、高城蒼龍が訪れた。


「貴様は何を成す?」


 彼は、突然私にそう問いかけてきた。


『何を成す?そんな事を言われたって、何も持たない私に何が出来るというのだ?何も出来ない自分。人生をもてあそばれ、ただただ、時代の流れにさまようばかりだ。私は、何をしたかったのだろうか?何の為に生きてきていたのだろうか?』


「私は・・私は、自分が欲しい。自分の生きたいように生きる・・・ただ、それが出来る世界が欲しかった・・・・。でも、私には何も出来なかった・・・」


 絞り出すように、私は言った。


「それで終わりか?」


「えっ?」


「貴様の戦いはそこで終わりか?」


「わ、私だって、こんなところで終わりたくはなかった!最善の未来をつかみたかった!」


「もし貴様に戦う意思があるのなら、力をくれてやろう」


「その力があれば、未来は変えられるのですか?」


「貴様次第だ」


「私は、清帝国の皇族として成すべき事がある!愛新覺羅顯玗として、守りたい想いがある!その為の力が欲しい!」


「あらがえ。そして、貴様に戦う意思があることを証明しろ。忘れるな。真の強さとは力では無く、そのあり方だ」


『そうだ。私は、私が私として生きていける世界が、国が欲しいのだ。それを成すまでは、全てを捨てる。そして、全てを利用してやる。私をこんな目に遭わせた世界から、自分の国を切り取ってやる!』


 そして、川島芳子は大日本帝国宇宙軍の門を叩いた。

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