第54話 南京事件 1927(4)

1927年4月


 蒋介石軍の武漢攻略に伴って、急速に漢口の治安が悪化する。中国人住民は、日本人租界に侵入しては、物品の窃盗や、樹木を違法に伐採して持ち去るなどの行為がエスカレートしていった。


 そして4月3日午後3時過ぎ、警らに当たっていた日本の兵卒が中国人の子供から投石され、さらに群衆が集まってきて暴行が始まったのだ。


 これをきっかけに、暴動へと発展していく。


 日本人居留民には、領事館に避難するよう勧告が出ていたが、南京市で民間人の被害が無かったと聞いていたため、ここも大丈夫だろうと、かなりの人数が避難をせず、租界内において、商活動をしていた。


 ※軍は、漢口にいる居留民を安心させるため、南京での暴動を安全に鎮圧したと伝えていた


 そして、彼らが暴徒に襲われた。


 多くの群衆が叫び声を上げながら、日本人租界へ殺到する。自分の商店を守ろうとしていた日本人が次々に襲われ、建物はことごとく破壊され商品は略奪された。そして、出産したばかりで逃げることの出来なかった女性が、暴行の上殺害される(※中支避難者連合会1927 史実である)。


 また、その他、監禁されたり暴行を受けたりする被害者が続出する。


 そして、群衆は数千にふくれあがり、子供達を先頭にして赤旗を立て、日本人租界を蹂躙していった。(※中支避難者連合会1927 史実である)


 日本軍は、領事館に詰めていた陸軍兵と海軍陸戦隊が、日本人租界に侵入した暴徒に対して威嚇射撃を行った。しかし、子供たちを先頭にして進んでいる群衆は、日本兵でも子供には発砲できないと思ったのか、威嚇にかまわず距離を詰めて投石を繰り返す。


「これ以上、領事館に接近させるわけにはいかない。くそったれ!敵暴徒に向けて撃てーー!」


 ※南京と違って、ここ漢口には日本人租界(租借地)がある。租界内は日本に司法権があるため、租界での侵入者に対する発砲は違法ではない


 発砲を命じられた兵士にも動揺が走る。群衆の先頭は子供たちだ。しかし、これ以上近づかれては領事館を守ることが出来ない。


パンパンパンパンッ


 兵士は群衆に向かって発砲を始める。出来るだけ子供に当たらないように、大人の頭の高さに狙いを付けて撃った。


 群衆の先頭を中心に、多くの大人達が倒れた。そしてパニックにおちいった群衆は、日本領事館から雪崩を打ったように逃げた。しかし、その過程で雑踏事故が発生してしまう。後ろの群衆は前に進もうとし、前方の群衆は後ろに逃げようとしたため、群衆の中央付近で将棋倒しが発生したのだ。


 その状況がわからない日本軍は、立ってこちらを向いている群衆に発砲を続けてしまった。


 ―――――


「ひどい有様だな」


 被害を調査した領事館員と日本軍兵士は、漢口の惨状を見てため息をつく。


 海軍艦艇からの応援も有り、その日のうちに暴動は収まった。しかし、史実よりも双方に多くの犠牲が出てしまう。


 日本人居留民に、8名の死者と100人以上の負傷者を出してしまった。そして、領事館の周りには、雑踏事故で死亡した者も含めて、中国人数百人の死体が放置されている。中には子供の死体もある。


 ――――


 1927年4月6日


「まずい、まずいぞ。陛下に居留民の安全は必ず守ると豪語しておきながらこの失態。こんなものは正直に報告できるわけが無い」


 陸軍大臣は海軍大臣と善後策を検討している。


「正直に言うしかあるまい。中国の暴徒へ発砲したのはしかたがない。陸軍は領事館をよく守ったでは無いか」


 海軍大臣がフォローするが、陸軍大臣は青い顔をしたまま下を見ている。


「しかし、居留民は必ず守ると豪語してしまった・・・。まさか、暴徒の勢いがこんなにも激しいとは・・・」


 ――――


 1927年4月8日


 陸軍大臣が、漢口事件の顛末を天皇に奏上するため参内する。


「陛下。4月3日に暴徒が漢口の租界と領事館を襲撃しましたが、事前に居留民の避難は完了しており、犠牲者は出ませんでした。ただ、避難の最中に荷車が倒れ、運悪く下敷きになった者が数名死亡してしまったようです」


「そうか、暴動による被害が無かったのは良かった。しかし、あらかじめ余裕を持って避難をしていれば、事故も無かったと思うと残念だ」


「はい、陛下。それに関しては臣の不徳の致す所であります。つきましては、中国情勢の不安定化を鑑み、一時的に居留民の避難を実施したいと思います。また、租界における略奪を防ぐために、陸軍海軍を一部警備要員として残しておきます」


 ――――


 しかし、真実は思わぬ所から明るみに出る。


「陛下。有馬公爵(有馬勝巳のこと。アナスタシア皇帝よりロシアの公爵位を賜っている)から南京と漢口の事件について、この様な情報が来ております」


 それは、日本陸軍内のソ連スパイからもたらされた情報だった。有馬はKGBエージェントをコミンテルンのメンバーに偽装して、蒋介石軍内や日本軍内の共産主義者に接触させていたのだ。


 もたらされたスパイの情報は以下の通りであった。


 ○蒋介石軍内の協力者によって住民を扇動し、帝国主義勢力への攻撃に成功

 ○南京では、英米の艦砲射撃により、住民に多数の死傷者が発生し、対英米感情の悪化に成功

 ○漢口では、多数の日本人住民を殺害する

 ○日本軍の反撃により、無関係の中国住民が数百人殺害され、対日感情の悪化に成功


 天皇は、陸軍大臣をすぐに招聘した。


※「史実」と記載のあるところ以外はフィクションです

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