第52話 南京事件 1927(2)

「アメリカとイギリスの領事館に救援部隊を出す」


 村西海軍大佐は、500名の海軍陸戦隊を率いて上陸し、アメリカとイギリスの領事館を目指した。蒋介石からの許可はとってある。しかし、進軍中に民衆から石を投げられなかなか進めない。石を投げる民衆の中には、子供の姿も見える。大人が投げているのをまねているだけなのか、日本に対する恨みがあるのか。


 陸戦隊は小銃で威嚇しながら進軍していくが、アメリカ領事館まであと300mのところで、事件が起こった。部隊に対して手榴弾が投げ込まれたのだ。


 ドーーーーン!


 投げ込まれた手榴弾は一発だけだったが、爆発のそばにいた3人の兵が負傷し倒れた。


「くそっ!反撃を許可する!アメリカ領事館までの進路を確保するぞ!」


 村西大佐は断腸の思いで命令を出す。出来るだけ中国人の犠牲者は出したくなかったが、手榴弾を投げ込まれては正当防衛をしないわけにもいかない。軍服を着た人間は見当たらないので、便衣兵が紛れているようだ。


 ※便衣兵とは、一般人の姿に偽装した兵士の事。当時の国際法にも違反している。


 陸戦隊は、装備してある三十五式海軍銃を発砲しながら進路を確保する。日本軍から発砲され、民衆は蜘蛛の子を散らしたように逃げるが、最初の斉射で100名近い人数が倒れた。子供も何人か倒れている。


「畜生!何なんだよ!この状況は!」


 陸戦隊の兵士も、好んで民間人や子供を殺したいとは思わない。しかし、撃たなければ撃たれるのだ。日露戦争以降、シベリア出兵以外で本格的な戦闘は無かった。陸戦隊のほとんどの兵士にとって、初めて生きた人間に対しての発砲だ。しかも、相手は兵士ではなく民衆。子供の姿もある。


 ※史実では、日本軍は中国人暴徒に対して、無抵抗を貫いた。その為、領事館員や民間人が一方的に暴行されることになった。


 陸戦隊500名は、なんとかアメリカ領事館までたどり着く。そして、部隊を二つに分けて、250名をイギリスの領事館の救援に回した。


 午後2時過ぎには、アメリカとイギリスの領事館から暴徒を排除することが出来た。しかし、それまでにアメリカとイギリスでは、民間人と領事館員に犠牲者が出てしまっていた。


 そして、午後3時半頃、市内のあちらこちらで爆発が起こり始める。その爆発は、領事館の地域を外して、無差別に発生していた。民家で、あるいは群衆の中心で爆発し、その度に多くの中国人が肉片に変わっていく。そこはまさに地獄だった。


「アメリカとイギリスの艦砲射撃か?無茶しやがる」


 村西大佐は、英米の無慈悲な無差別砲撃に嫌悪感を抱いたが、これが列強本来のやり方なのだろうとも思う。世界は理不尽で満ちているのだ。


 アメリカとイギリスの艦艇(軽巡・駆逐艦の合計10隻程度)から市内への艦砲射撃が始まった。長江に停泊する艦艇から暴徒の場所を特定できるはずも無い。領事館のある地域を外しての、無差別砲撃だ。砲撃は1時間以上絶え間なく続き、南京市民に数千人の死傷者がでた。


 ※史実では、アメリカとイギリスは南京市内に無差別艦砲射撃を加え、中国の民間人を数千人死傷させている。しかし、日本の駆逐艦3隻は、市街への艦砲射撃は行っていない。日本軍は中国との関係悪化を懸念して自重したのだ。その結果、中国から日本は弱腰と判断されることになる。


 今世においては、幸いにも、日本人の死者を出すことは無かったが、日本軍にとって後味の悪い事件となった。


 1927年3月29日


 蔣介石は、中国軍と民衆が各国の領事館や外国人を襲撃したことについて、中国共産党の陰謀による偽装兵や便衣兵が起こした事件であると発表する。これに対し、日英米仏伊五カ国は、事件を起こした関係者の厳罰、蔣介石の謝罪、人的物的被害の賠償を共同して要求した。そして日本は独自ルートで、蔣介石と個別交渉を行うことが出来た。


「蔣総司令(蔣介石のこと)。先日の南京事件のように、共産党の魔の手は中華民国軍の中にまで入り込んでいます。この状況で北伐など、出来ようはずはありません。ここは、ワシントンでの九ヵ国条約の精神に則り、満州にて満州族の自決権を認めて頂きたい。北洋軍閥の討伐は、現地の満州族に蜂起してもらい、それを日本が支える形とします。そして日本は、蔣総司令が中華民国を統一し、共産勢力を排除する手助けをお約束します」


 こうして、日本は蒋介石に満州の独立を認めさせた。そして、アメリカと共同で蒋介石を支援し、共産党勢力を排除することになった。


 ――――


「陛下。漢口や上海、その他の租借地においても情勢は非常に悪化しております。南京において、日本の毅然たる姿勢と、友邦への救援を世界に十分示すことが出来ました。なれば、邦人の生命を第一優先として、中国本土からの避難を提案します。中国本土にある資産は、池田大尉のリチャード・インベストメントが全て買い取ります。そして、愛新覚羅殿に満州族統一のため、決起して頂きましょう。そして、満州の地に清帝国を築き、日本と同盟を組んで繁栄の道を歩むのがよろしいかと存じます」


「高城大尉。その通りだな。全ては、計画通りと言うことか」


 ※この時点では、日本軍の反撃によって中国人に死傷者が出たことは伝わっていない。


 ――――


 天皇の強い提案で、満州を除く中国に居留する民間人の避難が閣議に上程された。そして、租借地には、陸軍海軍が駐屯し、略奪などを防止する措置を講じる内容だ。


 さらに、租借地における資産の全てを、競売にかけることも提案に入っている。


 しかし、これには、陸軍が猛反発した。

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