第51話 南京事件 1927(1)

1927年2月


「陛下。中国の内戦は激化の一途をたどっております。蒋介石軍は、南京市の占領を目指しており、その際の戦闘で、日本人居留民が巻き添えになる可能性が高いと存じます」


「高城大尉。中国の内戦は、国民党右派と左派、それに共産党に北洋軍閥がそれぞれ戦っていて、混乱を極めているようだな。このような状態なら、何が起こっても不思議ではないか」


「はい、陛下。ここは、念のため民間人は事前に国外へ避難をさせ、領事館には防塁を建設し、補給物資と共に1,000名程度の兵を敷地内に増員するのがよろしいかと。また、万が一に備えて海軍艦艇も南京市にて待機させましょう」


「高城大尉。しかし、南京市において戦闘があるのであれば、領事館員も含めて、全員退去させた方が良いのではないか?」


「はい、陛下。避難を呼びかけたとしても、万が一にも民間人が残されていれば、それを保護する必要があります。その為には、領事館の待避はギリギリまで待たなければなりません。また、他の列強が退去をしていない以上、日本だけ退去をするのは外交的にも失点になりかねません。領事館は日本の国土と同じです。まずは、必ず守り抜くという強い意志を示した方がよろしいかと愚考いたします。そして、南京で発生する事変の程度によって、他の居留地からの撤退等を検討するのがよいかと」


「そうだな。早速手配させよう」


 こうして、国内の陸軍から2,500名の臨時編成旅団が結成され派遣されることとなった。その内、領事館内で防衛に当たるのは1,000名で、残りは、海軍艦艇に残り、交代や、兵站を担う。また、海軍からは、軽巡夕張と軽巡那珂および輸送艦4隻と、海軍陸戦隊900名が派遣された。


 ※当時の南京領事館の敷地はかなり広く、1,000名の駐屯は、なんとかなる広さだった


 陸軍臨時編成旅団

 ○富田大佐以下2,500名


 海軍陸戦隊

 ○村西大佐以下900名


 ○軽巡夕張

 ○軽巡那珂

 ○輸送艦4隻を派遣


 その他、駆逐艦「檜、桃、濱風」の三隻が、既に南京市に停泊している。



1927年3月中旬


 臨時編成旅団が南京に到着する。


 到着した部隊は、物資や兵器を小分けにして、密かに領事館に搬入する。そして、早速領事館の要塞化に着手した。


 まず、領事館の塀の後ろ側に、2mの隙間を空けて土嚢を積み、館を一周する防塁を築いた。そして、塀の上と塀と防塁の間には、有刺鉄線を敷設し、塀を越えてきた暴徒がそこで立ち往生するようにした。


 また、領事館の屋上にも土嚢を積んで陣地を作り、塀を乗り越えてくる暴徒に対して銃撃できるよう「三年式機関銃」を8丁設置した。


 兵には、制式化したばかりの「八五式自動小銃」が支給された。実戦データを取るためには最適だ。念のため、三八式歩兵銃も持ち込んでいる。


 外務省からは、南京市の日本人に対して待避命令が既に出されている。民間人は領事館に集められ、輸送船に乗せられて帰国することになった。


 尼港事件の事もあり、今回政府は強権的に動いた。財産より命の方が大事であると宣言し、避難を強く促したのだ。


「何も起こらなければ、それに越したことは無いのだがな」


 皆そう思うが、歴史の歯車は無情にも回り続ける。


 1927年3月24日早朝


 蒋介石軍が南京市に入城した。部隊の指揮は、蔣介石の部下である「程潜(ていせん)」が執っていた。そして、程潜の部隊は市庁舎や警察等を支配下に収めていく。当初、南京市の占領は平和裏に進められていたのだが、午前10時くらいから「華俄一家(中国とソ連は一家)」や「帝国主義打倒!」と叫ぶ中国軍人や民衆が、外国領事館や外国人を襲い始める。


 この襲撃によって、アメリカ・イギリス・イタリア・フランスなどの領事館員や民間人が殺害され陵辱された。


 そして、ついに中国軍人や民衆が日本領事館にも押し寄せてくる。


「とうとう来やがった・・」


 富田大佐は、苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめる。


 長江に停泊している軽巡に、市内で暴動が起こっている事を連絡し、海軍陸戦隊には臨戦態勢で待機するように要請した。また、郊外に陣取っている蒋介石にも軽巡経由で連絡を取り、暴徒に対しての正当防衛と、他の領事館から救援要請があった場合、救援することの許可を求めた。


 日本領事館の正門は、土嚢を積んで、陸軍が固めている。塀の外は外国だ。暴徒が塀の中に入ってくるまでは発砲できない。


「華俄一家!華俄一家!」「帝国主義打倒!」


 暴徒がそう叫びながら領事館の塀を上ってくる。


「暴徒が塀を越えたぞ!敷地に侵入してきた者に対して攻撃を開始する!」


 富田大佐が発砲を許可する。それと同時に、長江で待機をしている陸軍のサポート部隊と海軍にも発砲を開始したことを連絡する。


 領事館の屋上から、三年式機関銃の発砲が開始される。屋上から塀までは、30mから50mほどだ。この距離なら、一斉射で確実にヒットさせることが出来る。


 領事館の塀は4m近い高さがある。暴徒は梯子をどこからから持ち込んでとりついてくる。しかし、暴徒たちは塀を登り切ったところで、射撃の的にされてしまう。運良く弾が外れても、内側に落ちれば4mの落下だ。そして、その下には有刺鉄線の茂みがある。そうなれば、暴徒はもう動くことは出来ない。


 領事館の庭に配置された部隊も、暴徒に対して射撃を開始する。八五式自動小銃の弾丸には、より重量のある鉛弾芯の5.0g(77gr)弾を使用した。これは、貫通力は小さいが近距離でのストッピングパワーを重視したタイプだ。


 敵兵に当たった弾はそのまままっすぐ進むことは無く、体の中でヨーイングやタンブリングをおこす。つまり、体の中で弾丸が複雑に縦回転や横回転をおこし、内部組織を大きく破壊しながら進むのだ。


 ――――


 そして日本領事館が防衛に成功している頃、アメリカとイギリスの領事館から救援の要請が入ってくる。

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