第49話 昭和の幕開け(1)

1926年12月25日


 ついに、激動の昭和が始まった。


 史実では1927年頃から、中国大陸では蔣介石率いる国民革命軍と共産党軍、そして張作霖の北洋軍閥との内戦が激化していく。まさに三國志を思わせる群雄割拠の時代に突入した。


 そんな中でも、日本は中国大陸への経済的な進出を進めていく。中国大陸への総投資額は、1926年時点で14億円と、同じ年の日本の国家予算(支出)に近い規模になっている。


 この時点で、日本は既に帰還不能点を超えていたのだ。


 しかし、その中国への進出は、「対華21カ条要求(後に10カ条)」と「日清通商航海条約」の著しく日本に有利な不平等条約を根拠にしていた。その為、中国国内では日本に対する不満が増大していく。


 日本は、中国での日本の権益を守るために中国派遣軍の増強を図ったが、それは、中国との軋轢を増やすことになる。


 そしてついに、蒋介石は日本との不平等条約を一方的に破棄し、日本人への土地建物の貸与の禁止を発表。中国大陸からの日本人の締め出しを進めていく。


 また、中国国内では、日本人やその他の外国人に対する襲撃事件が頻発するようになる。


 史実では、1927年3月に中国の南京において、日本・イギリス・アメリカやその他の外国人居留者や領事館が襲われる事件が発生した。合計9名の外国人が殺され、婦女子を含む、多くの民間外国人が暴行や陵辱の被害にあった。


 犯人は、中国共産党と、それに影響されたシンパの民衆であったとされる。


 この事件により、日本の対中感情は非常に険悪なものとなる。


 その後も、「漢口事件」「済南事件」「通州事件」など、中国国内の日本人居留民が殺害や陵辱される事件が起こり、さらに対中感情が悪化。そして、中国との部分的な軍事衝突はどんどんエスカレートし、張作霖爆殺事件、満州事変、日中戦争へと進んでいくことになる。


1927年1月


 帝国宇宙軍本部


「全員集まるのは、宇宙軍設立以来初めてじゃ無いか?」


「そうだな。池田君はすぐに渡米したし、有馬君はアナスタシア様と結婚して樺太に行ってたしね」


 有馬は、ロシア帝国からの特使として、大正天皇の弔問に訪れている。池田も、このタイミングに合わせてアメリカから帰国をしていた。


 宇宙軍設立メンバーには、高城蒼龍の秘密をある程度打ち明け、共有している。


「有馬君はアナスタシア皇帝の配偶者とはいえ、実質、一国の主みたいなもんだよね。すごいよ。僕らの中では一番の出世頭だね。それに皇太子と公女も生まれて、順風満帆だね」


「いやいや、高城君がニコラエフスクへの帯同を陛下に奏上してくれたおかげだよ。運が良かったのさ」


「運だけじゃそうはならないよ。ところで、ロシアの国家運営はどんな感じだい?内閣と頻繁に御前会議をしているそうじゃないか。陛下がうらやましがっていたよ」


「ああ、内閣とは月に2回、必ず御前会議を開くようにしているよ。そこで、法案の審議状況や経済状況、治安、外交の報告を聞いて、アナスタシアが意見を言うって感じかな?」


「内閣からの提案や政策に反対したりもするの?」


「いや、真っ向から反対したりはしないよ。ただ、施策や法案によっては、割を食う国民もいるから、そういう弱い立場の人たちをケアするようにとは言ってるな」


「それって、アナスタシア様を有馬君が教育したんでしょ?」


「まあ、確かにそうなんだけど、アナスタシアは、飲み込みも早いし、ちゃんと自分の意見も持ってるよ。本当にしっかりしてる」


「ところで、油田の開発も順調なようだね」


「ああ、おかげさまでな。最初は日本とイギリスの合弁会社での採掘だったけど、油田の拡大に伴って、ロシア資本も参入したし、それこそ、池田君の所のリチャード・インベストメントも参入してるよ。樺太本島へのパイプラインも完成間近だしね」


「そういえば有馬君、例の諜報組織はどうなんだい?」


「“国家保安委員会(KGB)”だね。人員の育成も進んでるよ。各国のキーマンへの調略も浸透しつつある。日本軍や日本の新聞社にも“協力者”がいるよ。でも、彼らは“コミンテルン”のエージェントに情報を流してるって思ってるけどね」


有馬は、アナスタシアと結婚した後も、KGBで収集した情報を日本と共有していた。

※コミンテルンとは、ソ連が世界革命を起こすために作った国際共産主義運動の指導組織


「なるほど。そうやって“獅子身中の虫”をあぶり出すんだね。怖い怖い」


「今は、ナチ党への潜入を実行中だな。まだ下っ端にしか潜れてないけど、可能なら早い内にアドルフを暗殺したい」


「そうだな。それが出来れば一番いいんだが・・・」


 もし、自分の様に、アドルフに悪魔が憑依していたとして、何かしらの超常的な力を使えるようなら、暗殺も簡単では無いだろうと、蒼龍は思う。


「池田君の会社もすごい発展をしてるね。総資産じゃ、世界有数の企業グループなんだろ?」


「ああ、しかし、最近は不穏なことも多いよ。何者かがリチャードの素性を洗ってる。しかも、毎年のように税務調査が入ってくるしね。つまり、敵は税務署を動かす力があるってことだ。俺も知らなかったんだが、“十二賢者”と呼ばれる組織があるらしい。アメリカの黎明期から陰で経済を支配している老人たちだそうだ。彼らの正体を突き止めようとした人間で、帰ってきた者は居ない。ま、都市伝説の可能性もあるけどな」


「で、そのリチャードは、今はどうしてる設定なの?」


「樺太の油田を訪問した際に体調を崩して、今はロシア帝国陸軍病院に入院していることになってるよ。そういや、アメリカのスパイがその病院に潜入したんだよね。有馬君」


「ああ、既に6人、消えてもらったよ。当然身元は不明。捕縛した者も、奥歯に仕込んだ毒物で自殺されてね、手がかりは今のところなし。おそらくアメリカからだろうって事くらいだな」


「とりあえず、世界恐慌が始まるまではアメリカで頑張るよ。身の危険を感じたら逃げ帰ってくるから、その時は暖かく迎えてくれよな!」


「はははは」


「コンピューターの開発はどうだい?森川君」


「トランジスタで8bitのコンピューターの製作に成功したよ。これで、様々なプログラムを開発してる。レーダーとレーザー測距儀が実用化出来れば、艦砲と戦車砲は100発100中になるね。ま、それには砲身安定装置や強力なモーター、各種精密なセンサーの開発も必要だから、すぐにって訳にはいかないけど。それに3km以内なら、航空機も大砲で確実に撃墜できるようになる。まさに無敵艦隊の誕生だよ」


「艦砲射撃の命中率って、1%程度なんだろ?それが初弾で確実に命中するなんて、もはや戦争にならないね」


「ソナーの開発はどうだい?三宅君」


「高精度な聴音機の開発中だな。高精度で音の入射角を判定する機構の開発に手間取ってるよ。開発人員も限られてるしね。コンピューターと連動して、瞬時に敵船の位置を識別するまでには、まだ数年かかるかな。それが出来たら、極限まで小型化して、魚雷に搭載だな。確実に敵艦艇に命中させるには、敵の識別や雑音の除去もしないといけないし。でも、10年以内にはモノにして量産化にこぎ着けたいね」


「潜水艦の建造も始まるんだってね。高城君」


「兵庫県にある製鋼会社の造船部門を買収することになってね、そこのドックで秘密裏に建造予定だよ。まずはデータを取るための試験艦だけどね。建造に3年、試験に2年、そして1939年までに3,000トン級潜水艦を50隻は建造したいね。その建造費のために、池田君、アメリカで頑張ってね!」


「おうっ!まっかっせっなっさっい!」


昭和の幕開け(2)に続く

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