第48話 大正期の終わり

 1926年9月


 神奈川県辻堂海岸


 江ノ島の見える砂浜から空を見上げると、一機のモーターパラグライダーが優雅に舞っている。


 宇宙軍兵学校では、パイロット養成の初期訓練にモーターパラグライダー教練を取り入れていた。


「そうだ!いいぞ!安馬野(あまの)!その調子だ!次は右旋回の後、高度を徐々に下げていくぞ」


「はい、大尉!」


 高度は約100m。初めて飛ぶ空。海には船外機付きのボートが5艘ほど見える。万が一海に落ちたときの救助用だ。


 安馬野が前で、高城蒼龍が後ろに座るタンデム配置で空を飛ぶ。モーターパラグライダーなので、体は当然密着している。


『た、大尉と、こんなに密着するなんて・・・・』


 安馬野は宇宙軍幼年学校第一期生だ。入学当時10才。他の者と同じように、農村から口減らしの為に宇宙軍に来た。それ以来、故郷には帰っていない。貧しい村だった。8人兄弟の末っ子として生まれたが、その内3人は小学校に入る前に死んでしまった。死んだのは全部女の子だ。今思うと、口減らしに殺されたのではないだろうかとも思う。


 幼年学校では、なかなか会話をする事が出来なかった。故郷では、ほとんど会話をしたことが無かったのだ。


 安馬野は小学校は2年半しか通っていない。3年生途中で学校に通わせてもらえなくなった。家で農作業の手伝いをするためだ。家での会話はほとんど無い。農作業と洗濯とわら縄作りで一日が終わる。こんな生活に未来はあるのだろうかと、子供ながらに思っていたものだ。


「こんにちは。勉強は楽しいかな?」


 ある日、幼年学校の教室に、背の高いお兄さんが来た。濃紺のかっこいい軍服を着て、私たちに話しかけてくる。


 その人は、私たちのことを必要だと言ってくれた。大切に思っていると言ってくれた。なんだか、不思議な気分になった。そうだ。今まで私は、誰からも必要とされていなかったのだから。


 そのお兄さんは、時々教室に来て頭をなでてくれた。それが、堪らなく嬉しくて一所懸命勉強した。


 図書館に置いてある小説も、あのお兄さんが書いた本だと聞いた。時間があれば、その小説を読みふけった。小説の中には無限の世界が広がっていた。「ツンデレ」や「イチャラブ」や、いろいろな流行語も覚えることが出来た。


 2年ほどすると、バイクとゴーカートの授業が始まった。指導してくれるのは、あの背の高いお兄さんだ。お兄さんは、「高城中尉(当時)」と名乗った。初めてお兄さんの名前を知った。私は、もっともっと褒めてもらいたくて、全力で頑張った。すると、高城中尉は驚いた顔で「すごい!」って褒めてくれた。


 そして、イギリスのレースにも参加することができた。本当は一緒に来て欲しかったけど、忙しくて来られないらしい。


「安馬野ならきっと大丈夫だ。必ず優勝できるよ」


 高城大尉は、そう優しく言って送り出してくれた。そして、イギリスで役に立つ様々な慣用句(スラング)を教えてくれた。


 そして、高城大尉の望み通り、優勝トロフィーを持ち帰ることが出来た。高城大尉は「よくやったぞ、安馬野」といって、褒めてくれた。


 わたしは、高城大尉に返事をした。


「ふん、あの程度、どうと言うことはないわ。子供扱いしないで欲しいわね」


 『ああ、素直になれない・・・。本当はもっと褒めて欲しいのに・・・・。なぜ強がってしまうのかしら・・・。後輩たちが見ているからかな・・・』


 そんな事を考えていると、モーターパラグライダーは砂浜に着地する。高城大尉との二人だけの時間は、あっという間に終わってしまった・・・。


「よし、次は高矢(たかや)だ。準備をしろ」


 高城大尉は、みんなに平等だ。頑張ったら、頑張った分褒めてくれる。今度は、紀子(のりこ)が褒めてもらう番。わかっていても、心中は穏やかじゃない。


 こうして、辻堂海岸に来た生徒のモーターパラグライダー教練が行われていく。


 そして、モーターパラグライダー教練課程を修了したら、次は、グライダーによる初等訓練が始まる。


 安馬野は、この平穏な時が永遠であればいいのにと思う。しかし、時代の奔流は、それを許すことは無い。



 1926年10月


 バイポーラトランジスタの量産に成功した。月産3万個の製造ラインが完成したのだ。大きさや性能は、21世紀の秋葉原で手に入る物とほぼ同等だ。早速、設計が完了していた8bitコンピューターの制作に取りかかる。


 また、小型高性能な無線機も開発できる。このことは、軍事作戦遂行にとって、非常に大きなメリットとなる。


「電界効果トランジスタの開発にもメドが付いたし、これで、集積回路の技術が確立すれば、宇宙軍での開発作業に、ワークステーションが使えるようになる。開発がどんどん加速するよ!」


 また、コピー機の開発も進んでいる。半導体技術が伴っていないので、完全なアナログ方式だ。原稿に光を当ててそれを撮像し、感光ドラムに転写する。そして、感光ドラムにトナーを付着させて印刷をするというものだ。一度の撮像で1枚しかコピーできない為、複数枚のコピーの為には、原稿が何度もコピー機の上を往復するので時間はかかる。それでも、これが実用化出来れば、様々な作業や情報共有が飛躍的に楽になるはずだ。

 ※構造の簡略化のために、光学部分を固定して、原稿をスライドさせる方法を採用した


 コピー機とは別に、プリンタ(プロッタ)の開発も同時に進めていた。方式はインクジェット式を採用した。図面の出力のために、大判の用紙に対応しやすいと言うことが理由だ。プリンタは、ワークステーションとセットで使用する。その為に、I/O周りの仕様策定も行った。21世紀ならUSBだが、そのコントローラーがまだ無いので、まずはIEEE1284(パラレルポート)での接続とした。


 徐々にではあるが、宇宙軍の開発環境は充実していく。



 1926年12月25日


 日本中が悲しみに沈んだ。


 天皇陛下がお隠れになられたのだ。そして、摂政は新たな天皇に即位する。


 ついに、激動の昭和が始まる。

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