第47話 電子計算機

1926年2月


 真空管を3,200本使用した演算装置が完成した。


 論理回路は、インテルの4ビットCPU4004程度を目標に設計した。メモリ関連はキャパシタを利用したDRAMと、真空管でフリップフロップ回路を実現したSRAMでの構成だ。


 パンチカードでの入力になるが、DRAMの実装と相まって、プログラマブルな汎用演算装置になった。


「師匠!できました!世界初の実用的な電子計算機です!名付けて“弥勒くん壱号”です」


 甲斐 忠一(かい ただいち)少尉が、嬉しそうに高城蒼龍に報告をする。


 甲斐は、蒼龍から1年遅れて帝大を卒業し、宇宙軍に任官された。また、甲斐と同時に、帝大で蒼龍が集めた、「青雲会」の優秀なメンバーも合流している。そして、森川大尉らと一緒に電子計算機の開発に取り組んでいた。


「こちらが敵艦の、未来位置を計算するプログラムです!」


 甲斐が見せたのは、幅15cm、長さ10mにも及ぶパンチカード(テープ)だ。そして、“弥勒くん壱号”の読み取り装置にセットして読み込ませる。


「そして、こちらが敵艦の速度・方向・距離等のデータになります」


 パンチカードによってデータを読み込ませた後、「実行」ボタンを押す。すると、電球によって作られた640×480ドットの巨大なディスプレイに、瞬時に計算結果が表示される。


 表示と言っても、数字や文字で表示されるわけではなく、点灯が1・消灯が0に割り当てられた2進数での表示だ。


 現在はパンチカードでの入力になるが、各種センサーから直接データを受け取るインタフェースも開発中である。


「すごいぞ!甲斐少尉!現在、接合型トランジスタの開発も進んでいる。この演算回路にトランジスタの組み込みが出来れば、タンス一個分くらいの大きさになる。そうすれば、艦船への搭載も容易になって、100発100中の艦砲の完成だ!キミは世界最高の数学者だよ!」


 蒼龍は、人をおだてるのが得意だった。


「ありがとうございます!師匠!次は、8ビット演算装置と航空機の未来位置を予測するプログラムを開発します!航空機は三次元機動なので難易度は高いですが、必ず実現してみせます!」


「頼んだよ!期待している。でも、なんで“弥勒くん”なの?」


「はい!弥勒菩薩は“智慧”を司る仏様です。それにあやかって名付けました!」


「ん?“智慧”を司るのは文殊菩薩じゃない?」


「え?」


「いや、文殊菩薩だと思うけど・・」


 甲斐は一般常識には疎かった。


 プログラムの磁気テープへの保存実験も進んでいる。また、各種センサーも開発中だ。


「本格的な開発開始から5年かかったけど、なんとかここまでこぎ着けたな。1939年の第二次世界大戦勃発までには、ある程度の戦力を揃えたいから、ギリギリのタイムスケジュールか」


 毎年、工業高校や大学から宇宙軍への任官があるが、開発体制は十分とは言えない。技術流出に細心の注意を払っているということもある。特に、コンピューター技術の流出は、第二次世界大戦が終了するまでは、絶対に避けなければならない。アメリカの開発力は日本の何倍もある。もし、コンピューター技術のヒントでも流出したなら、史実より早くアメリカは実用化するだろう。そして、その計算力によって核兵器の開発が早く実現してしまう。そうなると、戦争はさらに辛酸を極めることになりかねない。


1926年5月


「シリコンウェハーの量産にメドが立ちました」


 米倉大尉が報告をしてくる。


 研究室レベルでは、ナイン・イレブンと呼ばれる高純度のシリコン結晶作成に成功しており、接合型トランジスタも完成していたのだが、それだと、月産数十個のトランジスタ製造が限度だ。十分な量のコンピューターを確保するには、やはり、高純度シリコンの量産は避けて通れない。


 製造装置も必要だが、フッ化水素酸をはじめとする、超高純度の薬品の製造も必要となってくる。いくら知識があったとしても、現在の宇宙軍の開発体制では、一朝一夕には行かない。


 次は、フォトマスク・エッチング・蒸着などの技術開発を行っていく。これらの技術が確立できれば、集積回路を量産できる。8ビット程度のCPUでかまわない。何としても、数年以内には実現したい。


 また、これらの技術は、液晶ディスプレイの製造にも欠かせない。


「今年中に、バイポーラトランジスタの量産にこぎ着けたいな。そうすれば、とりあえず、タンスサイズのコンピューターが制作できるね」


 テキストやグラフィック表示が行えるように、オペレーションシステムの開発も平行して進められている。2032年当時のOSレベルはどう考えても不可能なので、目標は1980年代のMS-DOSレベルだ。


 8ビット演算回路が完成すれば、1980年代のMSXやPC8800シリーズ程度のコンピューターが実用化できる。そうなれば、さまざまな開発は加速度的に進むはずだ。


 また、ブラウン管の開発も進んでいる。もうすぐ、17インチ640×480ドットの白黒CRTの試作機が完成する。


 それらと同時並行で、旋盤やフライス盤などの精度向上にも取り組んだ。また、パンチカード入力による、初歩的なNC旋盤・NCフライス盤ももうすぐ実用化できる。あらゆる工業製品の量産化のためには、こういった技術も不可欠だ。


 ――――――


「8ビットのコンピューターが出来たら、走らせたいプログラムがあるんだよ。リリエルも楽しみにしておいてね」


「なにのプログラム?」


「平安京エイリアン」


 ――――――


 陸軍省のとある一室


「宇宙軍は一体なにをしてるんだ?開発しているのは、農業機械に消火ポンプに原動機付自転車だ。それに、いっちょ前に尉官を名乗っている連中もいるが、教練などもまったくしていないのだろう?戦争になれば、お荷物以外の何物でも無いな」


「まあ、そう言うな。宇宙軍が作っている簡易トラックは重宝しているだろう?トラック専用のエンジンも、もうすぐ完成するそうだ。あれで、ずいぶんと馬と馬車が減ったではないか。現場の評判も上々と聞く」


「だから何だ?それだけではないか。摂政殿下も宇宙軍にかかりきりで、陸軍の方針には反対ばかりだそうだ。予算増にも難色を示されておる。こんな状況では、中国大陸の権益もどうなるかわかったものではないな」


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