第45話 関東大震災(5)

 関東大震災が発生して7日目、宇宙軍の臨時バスが運行を開始した。


 当時の東京市には、まだ路線バスという物自体が無く、運行のための許認可制度の準備が整っていなかった。その為、「臨時乗合バス運行勅令」を発布し、即日施行したのだ。


 史実では、東京市でバスの運行が始まるのは、1924年1月からである。当時、バスに当てることの出来る自動車は日本に無く、アメリカから緊急輸入し、震災後4ヶ月以上経過して運行開始となった。それまでは、馬車による輸送だったのだ。


 宇宙軍と東京市で協議の上、合計8路線を策定し、がれきの撤去を急がせた。そして7日目、運行開始にこぎ着ける。


 運行するバスが少ないと、多くの人がバスに群がって危険であるため、当初より150台を投入した。各路線ごとに、朝7時から夜19時まで、概ね20分毎に運行する。


「すぐ次のバスが来ますから、無理に乗り込まないでください!危険です!」


 車掌が、無理矢理乗り込もうとする乗客に声をかける。


 バスは、運転手と車掌のツーマンセルだ。乗務員は、宇宙軍兵学校総合課程の生徒および、卒業生だが、ほとんど全員女子である。女性だけでの運行だと、安全確保に懸念があるため、乗務員は全員、“宇宙軍伍長”の任官を受けている。そして、職務中は護身用の拳銃と軍刀を携行することになった。


「なんだ?女が運転してるのか?そんなの怖くて乗れねーぜ!男の運転手はいねーのかよ?」


 50才くらいの男性が声を上げる。


 こういった差別的な発言は、日常茶飯事だ。運転をしている村田三子(むらたみつこ)伍長は「またか・・」と思いながらため息をつく。


 三人目の女の子だから「三子(みつこ)」。安易な名前だ。そして、上の二人の姉は、自分が物心つくころには、既に遊郭に売られていた。今は、どうしているかもわからない。そして自分自身が売られる直前に、陛下の勅諭と宇宙軍の創設によって救われたのだ。


 実の両親から“女だからいらない”と言われたようなものだ。そして今、乗客からも“女だから”と差別を受ける。男に生まれるということは、そんなに特別なことなのか?男だと言うだけで偉いのか?村田伍長は、そんな思いに囚われる。それでも、生まれてすぐに間引きされなかっただけ、幸せなのだろうか?東京に旅立つに日に見た、両親のおどおどとした笑顔を思い出して、嫌な気分になる。両親にとっては、自分を売って現金を手に入れた方が、幸せだったのかも知れない。


「おい!おっさん!今、何て言った?」


 乗客の青年が声を上げる。


「そうだ!この嬢ちゃんたちは、みんなのために一所懸命がんばってるんだよ!それなのに、お前、何様のつもりだっ!」


「それじゃぁお前が運転してみせろよ!」


 乗客が次々に声を上げて、文句を言った男性をにらみつける。


「な、な、何だと!おまえら、お、女の味方をしやがって・・」


 精一杯反論しようと試みるが、その言葉はさらに火に油を注ぐことになる。乗客たちは殺気立ち、今にも文句を言っていた男につかみかかりそうな勢いだ。家や職場を無くした者も多い。今、そのストレスが暴発したら、この男はリンチにあい、おそらくなぶり殺しにされるだろう。


「やっちまえ!」


 乗客の誰かが叫ぶ。そして、若い男たちがバスを降りて男の元へ詰め寄る。


「静かにしてください!」


 そう叫んで、村田伍長と車掌の二人が乗客と男性との間に割り込んだ。


「みなさん、落ち着いてください!帝都の治安を乱すことは許しません!」


 その毅然とした態度に、乗客は皆落ち着く。


「さあ、あなたも急いでここを立ち去りなさい」


 文句を言ってきた男性に、逃げるように告げたあと、皆をバスに乗せ、通常運行にもどる。


 濃紺を基調とした宇宙軍の制服は、とても精悍で見た目が良い。化粧も高城蒼龍が指導して、21世紀レベルの美しさに仕上がっている。


「戦場(職場)に出るときは、必ず身だしなみを完璧にしておくように」


 これは、高城蒼龍のポリシーだ。仕事に対する真摯さの現れである。


 さらに、女性兵卒にもかかわらず、腰には拳銃と軍刀を下げている。その姿に街の女性たちはあこがれ、若い男性は心を奪われる者が続出するのであった。


 時々、陸軍の兵卒や下士官もバスを利用する。皆、運転手と車掌に敬礼をしてから乗り込む。よくよく観察すると、いつも同じ兵士が、特定の運転手と車掌の時に乗り込んでくる。陸軍では、「宇宙軍○○伍長派」とか「△△伍長派」などのファンクラブが出来ていた。


 そして、臨時バスの運転手と車掌は、毎日のようにたくさんの男性から恋文を受け取ることになる。人生初の“モテ期”が到来したのだ。


 ―――――


「殿下。バスの運行にあたって、女性運転手が心ない差別発言を受けることがあるようです。それに対して、女性に理解ある乗客と口論になったりと・・・。今のところ暴力沙汰にはなっておりませんが、何かしら対策を取った方がよろしいかと存じます」


「たしかに、そうだな。国民のために、一所懸命努力をして運転技術を身につけた女子を差別するなど、もっての他だ。陛下に奏上して、勅諭を出していただこう」


 そして、天皇より勅諭が発せられる。


「国家危急の時にあって、職業婦人への差別を、朕(天皇)は悲しんでいる」との内容だ。


「国家危急の時」と「職業婦人」と限定したのは、現段階での混乱を避けるためである。しかし、今後早い段階で、法律による女性の権利の制限を撤廃することを、摂政と蒼龍は決意するのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る