第41話 関東大震災(1)

大正12年(1923年)の正月


「今年は関東大震災が発生する年かぁ。なぁリリエル、やっぱり防いだ方がいいよね」


「あんた、10万人、見殺しにする気?少しでも不幸な死を減らしてよね。悪魔に力を与えるなんて絶対だめだから!」


「しないしない。ちゃんと防ぐよ。でも地震は必ず起きるんだよね。被害をゼロにするのは難しいか」


 1923年9月1日11時58分、相模湾北部から房総半島中部までを震源域とする推定マグニチュード8.0の巨大地震が発生する。この地震により、横浜市から東京市にかけて大規模な火災が発生。また、相模湾や東京湾沿岸では津波による被害も発生し、約10万人の人々が死亡した。


 発生時刻が11時58分と、ちょうど昼食の用意をしている時間帯で火を使っている家庭が多かったことが、大規模な火災につながったとされる。


「9月1日に関東全域で防災訓練とかしてさ、地震が発生する時刻に、ちょうどみんなを避難させるとかどう?」


「防災訓練はいい案なんじゃない?「9月1日に大地震が起きる!」なんて予言してたら、予言した連中が地震を引き起こしたんじゃ無いかって言われそうね。人間って、陰謀論大好きだから」


「でも、ピンポイントで突然9月1日に防災訓練するってして、実際にそれに併せて地震が発生したら、やっぱり地震が起きることを知ってたんじゃ無いか?とか、予言しておいて自分たちで地震を引き起こしたんじゃ無いかって疑われないかな?」


「突然だったらそうよね。でも、私たちじゃない、“誰か”が9月1日に開催するように提言したら大丈夫じゃないかしら?」


 ―――――


「殿下。9月1日に発生する可能性がある大地震についての報告書です」


「地震というものは恐ろしいものだな。2年前の中国の地震では、20万人が死んだと聞く。地震の発生を防ぐ方法は無いものか?」


「はい、殿下。地震エネルギーは人智を遙かに超えています。発生自体を防ぐことは不可能です。我々に出来ることは、出来るだけ被害を少なくすることだけでしょう。まずは専門家に諮問なさるのがよろしいかと。地震が起こるとすればどの程度の規模なのか?最悪の場合、どれくらいの被害が発生するのか?この分野では、今村明恒博士が良いかと思います。特に、今村博士はこの帝都にて巨大地震が発生すると警鐘を鳴らされております。まさに適任かと」


 そして、摂政からの諮問という形で今村明恒が招聘された。


 東宮御所の一室、今村明恒は緊張した面持ちで座っていた。突然の摂政からの呼び出し。内容は東京で巨大地震が起こる可能性について諮問したいとの事であった。今村は18年前に書いた論文で、東京にて巨大地震が発生すると指摘して、それは当時一大センセーションを巻き起こし社会問題になっていた。そして、多くの学者から「世間を動揺させて耳目を集めるための売名行為」だとか「ホラ吹きの今村」などと非難されていたのであった。


「たしかに、あのとき50年以内に帝都で巨大地震が起こると発表したが、それから18年、それらしい予兆は無い。しかし、殿下が私の論文に興味を示されたと言うことは、地震について本気で考慮していただけていると言うことだろうか?まさか今更「ホラ吹き」と罵倒するために招聘されたわけでもあるまい。ここは、理路整然と地震の仕組みや発生する可能性を論じて、殿下にもご理解を深めていただかなくては」


 と意気込んでいた。


「殿下がお見えになりました」


 東宮侍従が今村に告げる。


 そして、入り口の戸が開かれ、背広を着た青年と同い年くらいの軍人が入室してきた。摂政宮皇太子殿下と高城蒼龍である。


「今村先生、よくぞお越しいただけました。ご足労いただき感謝いたします」


「先生などとは恐れ多いことにございます。どうか「今村」とお呼びください。また、この度は殿下にお招きいただき、誠に光栄の極みに存じます。殿下におかれましては、生物学だけで無く科学や地震学にも造詣が深くおられ、はなはだ平伏する限り。本日は、私の浅学にご興味をいただき、誠にありがとうございます」


「いや、是非とも先生と呼ばせていただきたい。自身より学や才のある方を先生とお呼びするのになにをはばかることがありましょう。それでは早速ですが、先生が明治38年に執筆された、帝都において大地震が起こるという論文についていろいろとお話を聞かせていただきたいのです。もし、近い将来そのような事が起こるのであれば、その対策を怠った政府の大失態を誰もが責めることでしょう。また、多くの民が被災して死者も出るようであれば、取り返しのつかないことになります」


「殿下はあの論文を信じていただけたのですか?」


 論文に自信はあったものの、学会からホラ吹きと揶揄され、それから18年、大地震の兆候も無く、現在に至っている状態で興味を持っていただけるなど、今村に取っては慮外の喜びであった。


「この日本は火山が多く、神代の時代より大地震の記録には暇が無い。起こる可能性があるものは、いつか必ず起こるということでしょう。それが今すぐなのか、10年後なのか100年後なのか。しかし、為政者は常に最悪の事態を考えて対策をしておかねばならぬと思います。是非、先生のご意見をお聞かせ願いたい」

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