第40話 ワシントン海軍軍縮会議(2)

「戦艦陸奥は完成艦である。よって、廃棄対象にはあたらない」


 軍縮会議では、現時点までに完成していない戦艦は廃棄されるとされたが、完成間近だった戦艦陸奥(長門型2番艦)は既に完成していると強弁し、廃棄対象から外すよう交渉していた。


 これに対して、アメリカとイギリスは日本に調査団を派遣する。しかし、その調査団は日本からの接待攻勢によって、「陸奥は完成済み」と報告するのだ。


 そして、戦艦陸奥の廃棄が回避された一方で、アメリカとイギリスも、戦艦保有数を増やすことになる。


 この結果、戦艦陸奥を廃棄した方が、実は対英米での戦力比は良かったという、なんとも皮肉な結果となった。


 そして、いよいよ九ヵ国条約会議に移る。


「アメリカ合衆国は、中国大陸での民族自決権を尊重する。満州族、チベット族、ウイグル族、モンゴル族他、その他の民族はそれぞれに自治を行う権利がある」


 冒頭でのアメリカの発言に、参加国は動揺を隠さない。日本だけは逆の意味で動揺していた。


「な、なんだと!裏切るのか?事前協議では中国の一体性について協力すると約束したではないか!」


 中華民国の全権大使が声を荒げる。


 会議は中華民国の強い反対によって紛糾し、何度かの中断をよぎなくされる。そして、中断の間に、各国は個別会議を開いて、善後策を協議する。


「ロシアでは内戦も終了し、共産化が完了する。そうなれば、周辺へその魔の手を伸ばすだろう。ここは、革命ロシアと国境を接する部分に漢民族以外の国を作って、緩衝地帯とするのが良策ではないか?」


 アメリカは中華民国大使の説得に当たる。


「現時点でも、満州やモンゴルを実質支配できていないではないか。これを無理に占領しようとしたら、あなた方漢民族も相当な犠牲を払うことになる。そうまでして、わざわざ危険な革命ロシアと国境を接するのが良いとは思えない」


「し、しかし、本国の指示では中国の一体性だけは絶対に譲るなと・・・」


「アメリカの支援無くして、どうやって中華民国を運営していくのだ?満州を日本にくれてやれば、日本はおとなしくなる。しかし、イギリスとフランスは、露骨に租借地や権益の拡大を要求してくるぞ。あなたも、アヘン戦争やアロー戦争での英仏の凶悪さと醜悪さはよく知っていることだろう。連中は文明人のお面をかぶった野蛮人だ。中華民国と真の友人になれるのはアメリカだけだと言うことを忘れないで頂きたい」


 それは、友人に対する説得ではなく、もはや脅迫に近かった。アメリカにとって友情とは、1セントの価値もない。


 中国国内でも、共産主義者の活動が活発化してきており、さらに、革命ロシアと直接対峙を避けたかったことと、アメリカの後ろ盾を無くして、日英仏からの侵略に対処できる見込みがなかったため、中華民国本国でも、アメリカの提案を飲むことになった。


 このことに、一番驚いたのは日本だった。アメリカは中国の一体性を強く主張すると予測していたのだが、良い方向に裏切られた形だ。そして、最後のカードに取っておいた朝鮮半島の独立については、朝鮮の“ちょ”の字も出なかった。中国本土の利権に比べれば、朝鮮半島の独立などアメリカにとっては芥子粒以下であった。


 紆余曲折があったものの、九ヵ国条約では概ね以下のことが定められた。


 ○中国大陸での、民族の自決権に関して、中華民国を除く締結国は、それを妨げない。

 ○中華民国は、自国内の独立問題に対して、独自に対応をする権利を有する。

 ○中国大陸に権利を有する国は、その管理地域を締結国に門戸開放し、経済活動の機会均等を行う。

 ※中華民国はもちろん、満州に権益を持つ日本や租借地のある英国に対しても、締結国の経済活動を認めさせる内容。今後、清帝国(満州)の独立を日本が実現させたとしても、その地域において、締結国は自由に経済活動ができることの保証にもなる。


 日英同盟が解消されてしまったのは残念だったが、日本政府は、軍縮条約と四カ国条約、そして九ヵ国条約がまとまったことに安堵する。特に、軍縮条約は、何としても実現したかった。欲を言えば、海軍の強硬な横やりがなければ、戦艦陸奥も廃棄したかったのだ。


 そもそも、当時の海軍増強計画には無理がありすぎた。「八八艦隊案」と呼ばれた当時の増強計画は、艦船建造費用だけで合計24億円(複数年予算)とも言われる。さらに、増強された艦隊だけの運用費用も、年間2億5,000万円と見積もられており、国家予算が15億円程度の日本にとっては、傾国のプロジェクトと言って良いだろう。


 そして、この軍縮条約によって、建造中のいくつかの戦艦(巡洋戦艦)が空母に改装されることとなった。


 ―――――


「しかし、困ったな。うまくいきすぎだよ。アメリカからの強い圧力で、仕方なく満州の独立と引き替えに朝鮮半島も独立させる計画だったのに・・・・・」


 高城蒼龍は、自分が追加した電信が効果を発揮しすぎたことに、頭を抱えるのであった。

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