第39話 ワシントン海軍軍縮会議(1)

1921年11月~翌年2月


 欧州大戦が終わり、膨張していた列強の軍事力を縮小させるための会議が、アメリカの呼びかけによって開かれた。通称「ワシントン海軍軍縮会議」だ。


 史実では、このとき締結された軍縮条約によって、日本の主力艦保有が英米の60%までと制限され、国内で少なからず反発が起きる。また、アメリカの強い要望で日英同盟が更新されず、代わって日英米仏の四カ国条約が締結された。このとき、アメリカは既に日本との対決を考えており、その為に日英同盟が邪魔だったのではないかという研究もある。


 さらに、中国を含めた九ヵ国条約では、中国大陸の一体性を認めることになる。これにより、中国大陸では漢民族によるその他の民族(満州族・チベット族・ウイグル族等)の支配が認められた。アメリカやイギリスには、中国の民族問題に詳しい専門家がおらず、また、中華民国の市場開放を条件に、中華民国(漢民族)による他民族の支配を認めたとも言われる。


 そして、1949年に成立した中華人民共和国は、チベット・ウイグルでの支配を強め、1970年ごろまでに数百万人の民衆を虐殺したとも言われる。



「殿下。この度のワシントン会議では、中華民国について議題に上ります。英米は、漢民族による満州族やウイグル・チベット族の支配を認めようとしますが、これについて日本は、反対意見を述べるのがよろしいかと存じます」


「高城よ、それはなぜだ?」


「はい、殿下。清帝国は満州族が漢民族やウイグル族を支配する政治体制でしたが、元々は個別の国を持った別民族です。欧州大戦の折に掲げられた「民族自決権」の原則に従い、「漢民族をはじめ中国大陸全ての民族の民族自決を尊重する」と主張するべきでしょう。それに、漢民族が他の民族を支配する過程で、大規模な内戦や虐殺事件も起きかねません」


「なるほど。確かに民族自決権は重要であるな。しかし、それを主張するのであれば、我が国も朝鮮半島を独立させなければならないのではないか?」


「はい、殿下。朝鮮半島は近いうちに独立させるべきだと考えます。そもそも、ロシア帝国が南下政策をとったために、我が国としては朝鮮半島を守る必要があり、結果、併合となりました。しかし、現在のロシア革命政府には、南下政策を取る余裕はありません。また、樺太にロシア帝国正統政府が樹立した以上、樺太と対峙しながら朝鮮半島に手を伸ばすことは、不可能と考えます。それに、朝鮮併合は、朝鮮民族の誇りを大いに傷つけ、後々まで禍根を残すことにもなりかねません」


「なるほどな。確かに、我が日本が弱小だったとして、アメリカが「守ってやるからアメリカの1州になれ」と言ってきたとしても、とても受け入れられる事ではないな」


「はい、殿下。その通りにございます。ここは、朝鮮半島の独立を承認し、安全保障条約を結んで、日本とロシア革命政府との緩衝地帯とするのが、地政学的に見てもよろしいかと存じます。ロシア革命政府が行っている虐殺や計画的飢餓の情報を密かに集めております。この情報を朝鮮半島に流せば、ロシア革命政府にすり寄る輩も支持を得ることは叶わないでしょう」


「たしかに、そうだな。しかし、植民地を多く抱えた欧米が民族自決を促すとは思えないが」


「はい、殿下。その心配は無いでしょう。欧米は「自分のことは棚に上げる」ことに、何ら躊躇することはありません。中国は中国、自分たちは自分たちと考えるはずです」


 こうして、日本代表団に対して、以下の内容が告げられた。


 ○中国大陸の民族自決について列強は妨げない

 ※民族自決を促す形で干渉しても良いと、拡大解釈できる

 ○上記が認められるなら、朝鮮半島の独立(保護国)を承認し、欧米に市場を開放する

 ○ただし、朝鮮半島の独立は、最後のカードで有り、できれば、中国大陸の民族自決のみを認めさせることが望ましい


 朝鮮半島の独立に関しては、帝国議会が批准するかどうかは不透明なので、条約を締結したとしても、日本のみ批准しないという可能性もある。そうなれば、中国での民族自決だけが認められ、後々、清帝国が独立したなら満州において、日本が影響を及ぼせるだろうと摂政は内閣を説得した。


 また、軍縮会議については、内閣に交渉を任せると摂政が明言したことにより、軍備削減についての反発を予防することになる。


 この指示は、外務省によって暗号化され、代表団へ打電された。

 ※当時は、太平洋を横断する海底通信ケーブルが既に敷設されている


 しかし、この暗号は、アメリカに盗聴され、解読されていたのだ。


 高城蒼龍は、当然にこの暗号が解読されていることを知っている。なので、あえて次の文を加えて送信した。


「アメリカは中国大陸の専門家がおらず、50年後100年後の世界情勢が見えていない。中国が一体化して安定すれば、その人口は10億人以上になり経済発展もする。そして、軍備を強化して世界最大の超大国になる。その時には、日本やアメリカはその従属国、もしくは完全な属国とされるだろう。なんとしても、中国大陸での民族自決を勝ち取って欲しい」


<アメリカ国務省>


「たしかに、10億人以上の国家の出現は、我がアメリカにとっての脅威となるか。ここは、日本の策に乗って、中国の分割を実行した方が良いかもな。日本は、おそらく、満州鉄道を中心として、清帝国の復権と傀儡化を狙っているのだろう。なら、中華民国をアメリカの傀儡として、清帝国と対峙させるのが良策か」


 こうして、各国の思惑がぶつかり合うことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る